〜仏生まれ日本育ちの〈アナトミカ〉〜 ワールドクラス・ジャパン“セカイに誇るニッポンのモノ”
それは「定番≒ベーシック」なモノに他ならない。とくれば偏愛的なまでに“モノ好き”な『knowbrand magazine』の読者諸兄姉ならピンときたハズ。そう、日本が世界に誇るニュー・ベーシックを取り上げてきた、ワールドクラス・ジャパン“セカイに誇るニッポンのモノ”シリーズの出番である。今回はややイレギュラーではあるが、“フランス生まれニッポン育ち”洒脱なヤツは大体フォロワーな〈ANATOMICA アナトミカ〉にフォーカスする。
歴史や伝統・人体構造までも解剖究明し
100%フレンチメイドで生み出された
コレクション。
まずは例の如くはじめの一歩、ブランドの歴史を紐解くところから。時は1994年、場所は“華の都”フランス・パリ。創業者のピエール・フルニエは、1975年「GLOBE グローブ」、1979年「HEMISPHERE エミスフェール」と、ともに伝説的ショップを立ち上げた立志伝中の人としても知られる。この2つのショップについて知ることは、〈ANATOMICA アナトミカ〉というブランドを理解する上で大きなヒントとなる。
前者は、〈LEVI’S リーバイス〉や〈Lee リー〉などのデニムパンツから、各国の軍モノやデッドストック、〈THE NORTH FACE ザ・ノース・フェイス〉などのアウトドアブランドまで、パリにありながらアメリカンな品揃えが売り。さらにワンウォッシュして縮ませたデニムパンツの販売や、チマヨ村伝統のブランケットを使ったベストの考案。矯正靴のイメージが強かった〈ALDEN オールデン〉のモディファイドラストをファッションシーンに広めたとも言われ、この時代にすでに女性のミリタリースタイルを提案するなど、優れた先見性は今でも語り草に。こうして世界各地より抜粋された本物を集めた同店は、現在のセレクトショップの礎となった。また1980年代後半、突如として消失した幻のブランド〈Rocky Mountain Featherbed ロッキーマウンテンフェザーベッド〉も販売しており、のちに同ブランドを復活させた世界的ヴィンテージコレクター・寺本欣児とパートナーシップを組むことになるとは何とも奇遇な話。
(→〈LEVI’S〉に関連する別の特集記事は、こちら)
(→〈LEE〉に関連する別の特集記事は、こちら)
(→〈THE NORTH FACE〉に関連する別の特集記事は、こちら)
(→〈Rocky Mountain Featherbed〉に関連する別の特集記事は、こちら)
閑話休題、その4年後、ピエールは北半球を意味するエミスフェールをパリ・16区に開店させる。同店は、彼と親交の深かった“日本アパレル業界のレジェンド”中村隆一がバイヤーとして運営し、アメリカでも知る人ぞ知るローカルブランドを世界中に広め、日本進出も果たした名店。だが1993年、共同経営者のジャン・セバスチャンの死によりに閉店。
この翌年、ピエールは3店舗目の「アナトミカ」をジルベール・ヌースと共に設立し、また同時にモノづくりも開始する。海外生産や工程の簡略化により品質が急激に低下し、本物と呼べるモノが減りつつあったことを憂い、外部委託生産を一切取りやめ、完全フレンチメイドのコレクションをスタートさせる。ヨーロッパのメンズファッションの歴史と伝統を基盤にフィット感も追求し、人体の構造と動きに沿った“アナトミカル(解剖学的)”なクリエイション。それは作業着や軍服が備えた伝統的な機能美と2つの店で培われてきた審美眼の結晶と呼べるものであった。
さらに2008年、アナトミカの常連客であった先述の寺本欣児との出会いにより、ヨーロッパのファッションに注力してきたアナトミカに大きな化学変化が起きる。寺本とピエールが共同でデザインし、日本の卓越したモノづくりの職人たちによる「アメリカンテイスト・ガーメント」が誕生したのだ。フィッティングにこだわり、見えないところまでも手を抜かないディテールの数々はもちろん、いつまでも廃れる事のないまさしく「定番≒ベーシック」なデザインにより男らしさとエレガンスを両立させたウェアは、今日も洒落者たちに“男の装いとはかくの如し”と言わせしめている。
ここからはそんなアナトミカが誇る定番たちをご覧いただこう。
「618 ORIGINAL DENIM
618 オリジナル デニム」
死角なきシルエット、
その美しさはまさに黄金比の如し。
まずは筆頭株たる「618 ORIGINAL DENIM 618オリジナル デニム」。ピエールがディレクションを行い、寺本と岡山の職人とともに1年以上の歳月をかけて7回もの試作を重ね、2008年に完成した至高のマスターピース。求めたのは人体構造を基にした究極のシルエット。かの“天才”レオナルド・ダ・ヴィンチも『円の中の人体図』で採用し、古来より歴史的建造物や美術品、デザインや写真の構図などにも取り入れられている数学的法則「黄金比=1:1.618」。この人間が最も美しいと感じる比率のように、どの角度から見ても美しいデニムを作りたい。そんな思いからモデル名の「618」は名付けられた。
シルエットは1960年代後半から1970年代始めに生産され、リーバイスの歴史の中で最も美しいとの呼び声も高い「501」の66モデルがベースとなっている。クラシカルな股上深めのストレートシルエットにミリ単位で修正を加えることで、脚を立体的に包み込みつつも自然な脚線美。その秘密は、サイドに接ぎ目のないシームレス仕様の筒型設計にある。U.S.NAVYの作業パンツからヒントを得たというこのディテールには、ヴィンテージコレクターである寺本の知見が活かされている。
そして ファブリック に は、 本 モデル のために開発された「左綾織り」デニム 生地 を採用 。一般的 な デニムは右綾 だが 、左綾の代 表格 といえば 〈 LEE リー 〉 。左撚りの糸を逆方向の右綾で織ると緩みが生じるが、同 じ 方向の左綾で織り上げると畝(綾目)が 立つ という特性を利用し、表面に 光沢感やソフト感 が浮かび上がる 。また、アタリが強くなりハッキリとしたタテ落ち が 期待で きる 点も高ポイント 。 これぞデニム を 知り尽くしたピエールの本領発揮 というところか 。
ちなみに、ピエールと寺本が出会った際に、寺本が着用していたノンサイドシームのジーンズがキッカケとなり2人はタッグを組んだのだとか。そんな始まりの1本を元に生み出された本作は、日本の技術力なくしては誕生し得なかった、究極のスタンダードと言えるだろう 。
「CHINO II チノ II」
美しく上品、されど質実剛健。
まさにパリジャンの佇まい。
デニムと同じく、アメリカンテイスト・ガーメントを体現するボトムスといえばチノパンツの名が挙がる。以前の記事でもその出自や特徴を述べたが、発祥はイギリス。それがアメリカ軍の手に渡り、細部をアップデートしながら1941年に世界初のフィールドパンツ「M-41」となった。第2次世界大戦に従軍記者として派遣された、文豪のアーネスト・ヘミングウェイが着用していたことでもお馴染みだ。こうして誕生したチノクロス製のプレーンなパンツは、通称“41(ヨンイチ)カーキ”と呼称され、現在のチノパンの原型となり、アナトミカの定番「CHINO II チノII」へと繋がる。
1960年代の細身のテーパードシルエットと1940年代のデザインをマッシュアップさせた上、13回ものサンプル修正を経てようやく製品化されたという本作。深めの股上でゆとりをもたせつつも太すぎず、穿いた時にすっきりと見える腰回りや、細部に至るまで語りどころしかないディテールの数々。ミリタリー由来ではありながらもリプロダクト物とは一線を画す快適な履き心地と、現代のファッションと親和性の高いスマートなデザインが、物欲を大いに掻き立てる。
ちなみに素材は、細番手の単糸を4度も撚った高密度でコシのある素材感と光沢のある上質なウエポン生地がデフォルト。2020年SSシーズンからは生地がさらに進化を遂げ、細番手の糸を高密度に撚り合わせて光沢感と堅牢性も向上。スマートでありながらも幾度の洗いにも耐えうるタフネスは、質実剛健なパリジャンの姿を思わせる。
(→「チノパン」「ウエポン生地」に関連する別の特集記事は、こちら)
「618 MARILYN 618 マリリン」
米国大衆文化のシンボルをその名に冠する
傑作レディスジーンズ。
ジーンズで忘れてはならないのが「618 MARILYN 618マリリン」。フォロワーの増加に伴い日本での取り扱いも拡大化していく一方で、女性知名度がほぼなかったアナトミカでは初となるレディスモデルとして産声を上げた。その名は、1950年代に人気を博した女優マリリン・モンローに由来し、彼女が好んで履いていたというリーバイス「701」をイメージソースとする。寺本が所有していた同モデルのヴィンテージを徹底的に研究して幾度もパターンを引き直し、ようやく日の目を見たのが2015年。美しきシルエットの証左たる「618」のナンバリングは伊達じゃない。
ウエスト位置から下に向かって丸みを帯びた綺麗なシルエットを描くことで、女性らしいヒップラインを演出。さらに股上を深く取り、ヒップ周りにゆとりを持たせることにより、体型不問の履きやすさを実現。またジーンズの命であるデニム生地も、オリジンの風合いを完全再現した11オンスの耳付きを独自開発。一般的なジーンズに比べて薄く軽く、柔らかさと履きやすさを備え、普段はジーンズを履かないような女性をも虜にする。
今ではブランドを代表する傑作のひとつと称されるが、発売当初の展示会ではまだレディスのイメージが無かったため、数える程しかオーダーがつかなかったという。ところが翌年から人気・認知度も急上昇。シルエットの美しさはもちろん、クオリティの高い作り込みが各所で評価され、瞬く間に大ヒット品番となった。一説によると、女優の綾瀬はるかが某ドラマでこのモデルを着用したことも大きく影響しているとか…そんな彼女とマリリンの共通点といえば、豊かなバス…いや、なんでもない。なお「MARILYN 2 マリリン2」という姉妹モデルも存在する。こちらはリーのヴィンテージから材を取っており、深めの股上とすっきり落ちるテーパードラインがレディな印象を見る者に与える。機会があれば一度、穿き比べてみるのも面白いだろう。
「POCKET TEE ポケットTEE」
狙うならば、今後入手困難が予想される
アメリカメイドを。
ここまではボトムスに焦点を当ててきたが、視点を“定番”とするならばトップスもまた侮りがたし。中でも12番手の単糸を使用したオリジナルの肉厚生地が特徴の「ポケットTEE」は万能選手と名高い。この「番手」とは、糸の太さを表す単位を指す。基本的にその数字が大きくなるにしたがって糸は細くなり、一般的に20番手か30番手を使用することを踏まえるとかなりヘビーであることが分かる。ゆえに洗濯を繰り返しても型崩れの心配は無用。たとえホワイトを選んでも透けにくく、無地Tにとって懸念事項であるアンダーウェア感も皆無。一枚で着用してもしっかりとサマになるため、実に頼り甲斐のあるアイテムだ。
日本、フランス、アメリカで共同開発された型紙を使用し、サンプルを何度も修正して作られたシルエットは、自然な着丈と程よくゆとりのある身幅に光るオリジナリティ。とはいえ実用性とアクセントを兼ねる小ぶりな胸ポケット以外は、いたってシンプル。古式然とした吊り編み機で編み立てた丸胴ボディは着心地が良く、風合いも上々。クラシカルという言葉がよく似合う。
なお、今回用意したモデルは定番の杢グレー。他のソリッドカラーはコットン100%なのに対し、このカラーのみ60年代に〈CHAMPION チャンピオン〉の糸を手掛けた紡績会社製のコットン90%・レーヨン10%の12番手杢糸を使用。タグには“Made in U.S.A.”の表記があるが、現在はアメリカから輸入した糸を日本国内で編み立てて縫製することにより、安定した品質を実現。これは裏を返せば、アメリカ製「ポケットTEE」は今後、リユースマーケットでしか手に入らないということもでもある。価値あるグッドレギュラーとなる未来を見据えて、早めの確保が賢明かと。
「SINGLE RAGLAN COAT
シングルラグランコート」
ミリタリー的武骨さの中に、
日本古来の匠の仕事を見る。
アナトミカのデザイン哲学に“ミリタリー由来のモノでも、可能な限りフォーマルに近いアイテムをデザインベースにする”というものがある。エレガンス+機能性、その軸がブレないからこそ、こんなにも大人の男たちに支持されているのだ。レインウェアレーベル「Showerproofed GARMENT」から登場した「シングルラグランコート」は、まさにその代表例と言えよう。ピエール発案のもと、60年代の某英国ブランドのレインウェアをベースにデザインされており、オリジンがトレンチコートの元祖でもあるため、どこかミリタリー的な武骨さが漂う。
それもそのはず。表地には「Ventile ベンタイル」を使用。コットン糸を限界の密度まで打ち込んで作られた同生地は、1930年代に英国空軍によって開発された。通気・透湿性がありながら水の侵入や風を防ぎ、強い耐久性も持ち合わせていることから、パイロットが海に不時着した際に身を守る戦闘服の素材に。軍の厳しい採用基準をクリアする高い機能性と信頼性もまた、男心をくすぐるではないか。それでいて、ジャケットの上から羽織れるようにゆったりと取られた身幅とAラインシルエットが野暮ったさを払拭し、オトナの上品なコートといった趣き。1枚の生地を袖筒の中心に縫い目が表に出ないように縫製することで、どんな肩幅でも美しくフィットするシングルラグランスリーブも本作の特徴である。
まさにエレガントと機能性の融合を形にしたような1着。フランス生まれらしく外貌が洗練されているのはもちろん、着用者の所作をも美しく見せるように配慮された丁寧な仕立てに、我々は日本古来の匠の仕事を見るのだ。
ファッションへの興味が薄い人々の間では、人目を惹くアイテムこそが洒落者の証だと信ずる向きがある。たしかにそういったアイテムをコーディネートに取り入れることで、最大瞬間風速的に気分がアガることは否定できない。とはいえ定番を身に纏うことの安心感はまた別物だ。フランス生まれ日本育ちのアナトミカもまた然り。
定番には定番たり得る確固たる理由がある。アナトミカでいえば、毎年様々な微調整を繰り返して、常に進化を続ける姿勢がその最たるもの。こだわり抜いたデザインやディテールのひとつひとつに、先人の知見が活かされ、そのバックグラウンドには“モノ好き”たちを唸らせるストーリーがある。己の好きな服を着て、好きな場所に赴き、自由に過ごすあの日々が戻ってくるのも、そう遠い話ではない。それまでは、そんなひとつひとつをじっくりと味わいながら、定番に身を包み浸るこの時間を楽しんではどうだろうか。