〈ディッキーズ〉とは〜「874」「ダブルニー」「ショーツ」…【パンツの人気モデル編】“永遠のアメカジ”を知る
その多くがシンプルな意匠とタフな機能性を備え、時にトレンドという時代の波に身を任せながらも、軸足はブレることなく貫くアイデンテティ。そんな確固たるスタイルを持った傑作を、人々は“定番”と呼ぶ。これまでも男ゴコロをくすぐる定番にスポットライトを当ててきた『knowbrand magazine』。此度取り挙げるテーマは、アメリカ西部生まれのワークウェアブランド〈Dickies ディッキーズ〉。ここでは100年以上の歴史を誇る同社のラインアップから、長年にわたって人々に愛され続ける定番にフォーカス。プロダクトに触れ、ストーリーを識り、今こそ問うその真価。
〈Dickies ディッキーズ〉の歴史。
“働く現場”で愛され続けて一世紀、
ワークパンツをすべての人々に。
さて、真価を問うためには知っておかねばならないのが、ブランドの歩みという名の進化の歴史。物の始まりが1ならば、〈Dickies ディッキーズ〉の始まりが米国テキサス州フォートワース。時は1918年、第一次世界大戦が終結したこの年、従兄弟同士のC.N.ウィリアムソンとE.E.ディッキーが立ち上げた〈U.S.オーバーオール〉社こそがその前身。
当初は帽子製造を営んでいたが、戦後の好景気により産業が大きく発展を遂げ、国中がアメリカンドリームに沸く1922年、社名を〈Williamson-Dickie Mfg. Co. ウィリアムソン-ディッキー製造会社〉へと変える。現在のディッキーズはこうして誕生した。新たなビジネスの可能性を模索する二人は、全米各地の“働く現場”を回って、農夫や鉱夫たちから、彼らが本当に必要とするワークウェアの特性を徹底調査。ここで得られた知見を元に、労働者のためのタフなワークウェアの製造を開始する。現場のニーズに合わせ、様々な工夫が施された同社のプロダクトは、瞬く間にアメリカ全土に深く浸透。1930年代の大恐慌時代にも影響を受けることなく、順調に成長を遂げていった。
1940年代に入ってなお勢いは増すばかり。第二次世界大戦時には、当時の政府の要請を受けて900万着にも及ぶアメリカ陸軍の制服を製造。一時は工場をフル稼働するも生産が追いつかず、一般ユーザー向けの生産を停止していたこともあったという。これが以前記事にした〈HAMILTON ハミルトン〉でもそうであったように、更なる飛躍への大きな契機となった。続く1950年代には、地元テキサスの石油労働者向けに売り出されたカーキのワークウェアが爆発的ヒットを記録。丈夫で汚れにくく、どんな体型の人にもフィットするこのパンツは、“テキサス生まれの丈夫なワークウェア”として高評価を獲得。その信頼は中東を経てヨーロッパに渡り、世界各地の働く現場へと拡散されていくのであった。
ここからはいよいよ、ディッキーズが100年余の歴史の中で生み出してきた名作ボトムスに、光を当てていく。
(→〈ハミルトン〉に関する特集記事は、こちら)
〈Dickies ディッキーズ〉
定番人気の名作パンツ①
「ORIGINAL 874 WORK PANTS
オリジナル 874 ワークパンツ」
“オリジナル”をその名に冠す、
ワークパンツの金字塔。
まずはブランドの象徴にして金字塔、「ORIGINAL 874® WORK PANTS オリジナル874ワークパンツ」から。これの原型となったのが、1923年に発売されて地元テキサスの石油労働者の間でヒットを記録し、世界へ広がっていった「KHAKI カーキ」というモデル。同社の歴史はここから始まったといっても過言ではない。
1951年には”Men of Production=物づくりにかかわる男たち”をスローガンに掲げ、カーキパンツを着用した通称「ウォーキングマン」と呼ばれるキャラクターを広告に起用する。第二次世界大戦を終えて、様々な産業の勃興とともに労働者たちが急増したこの時代。広告ごとに職業も体型も異なるウォーキングマンの姿を通じて、同社のワークウェアがあらゆる職業、あらゆる体型の人にもフィットすることを表現したのだ。
これにより認知度をさらに高めたディッキーズは、1954年に発信された“FIT YOU, FIT YOUR JOB(あなたにもあなたの仕事にもフィットする)”というメッセージとともに日常的にも愛用されるように。1960年代には、当時の若者たちの間でファッションリーダー的存在であったアイビーリーガーをターゲットに、カジュアルクローズにも参入。そして1967年、大ヒット商品となったカーキパンツの進化版「874」を発表する。パーマネントプレス(防シワ加工)とX-it stain release(X-it社の防汚加工)が施されたこのタフなワークパンツは、瞬く間に市場を席巻。1970年代の終わりにかけて、ディッキーズがアメリカンワークウェア界のシェアを独占する原動力となった。
最大の特徴は8.5オンスのT/Cツイル生地。通気性と速乾性に優れ、シワになりにくいポリエステルを65%、肌触りと質感の良いコットンを35%という黄金比で混紡することで、なめらかなタッチと程よい光沢感を備えた、地厚な生地が完成する。シルエットは、股上深めのハイライズ。ヒップと太ももに十分な余裕を持たせ、モモから膝にかけてややテーパードを効かせたリラックスフィットのストレートで、運動性も高くまさに万人向けの一本。1980年代後半には、アメリカ西海岸のラッパーやスケーターの間でも愛用者が急増し、ストリートカルチャーと急速に接近。ここ日本でもT/Cツイルのタフさが若者たちを虜にし、“ディッキーズのチノパン”と呼ばれて大ブームとなった。
再び細部へと話を戻す。フロントは作業中に製品を傷つけず、万一の際にはすぐ脱げるようにとホック式を採用。ウエストにしっかりフィットする腰裏のバンド部分には、モデル名の874と「ディッキーズロゴ」がプリントされ、シャツやTシャツの裾をインしてもストレスを感じさせない。また90年代までは、この腰裏中央部分にウエストサイズを拡張するための縫い代があった。リユース市場を探せばまだまだ見つかるので、ここに注目してみるのも一興だ。
働く現場の声がフィードバックされた箇所は他にも。後ろ姿の要衝たるバックポケットは2つ。左は中身の落下紛失を防ぐボタン付きで、左右ともに出し入れしやすく耐久性の高い玉縁仕様。重量を均等に分散させるワイドトンネルベルトループはその名に違わず極太の幅4.5cm。これらの特徴的なディテールとともに、今では874というモデル名は知らずとも、ディッキーズと聞き誰しもが思い浮かべる、絶対的アイコンの地位を確立している。
〈Dickies ディッキーズ〉
定番人気の名作パンツ②
「LOOSE FIT DOUBLE KNEE
WORK PANTS ダブルニー ワークパンツ
ルーズフィット」85283
極太シルエット・二重ヒザに漂う
マッチョズム。
ここからさらに3本のボトムスの名を挙げていくが、正直なところ読者諸氏に対して提供できる情報は少なく、そして薄い。これはディッキーズのプロダクトが大量生産されたモノであるがゆえ。つまり、耐久性を高めて安定したクオリティでの量産を可能とするため、無駄なデザイン性を排除しているせいで…なんて言い訳も程々に、続いて紹介するのは「LOOSE FIT DOUBLE KNEE WORK PANTS ダブルニー ワークパンツ ルーズフィット」85283。
初リリースは1990年代。その名の通り、二重構造に補強された膝部分のデザインが本モデルのストロングポイント。ユーズドジーンズの色落ちを思い浮かべてもらえれば分かるように、膝はモモと並んで最もダメージを受けやすい箇所である。ここを補強することでボトムスの耐用寿命を伸ばすのが本来の目論見だが、武骨さを漂わせる景色は、タフさを身上とするストリート・カルチャーの最前線からも拍手を持って迎え入れられた。また、もう1つのポイントである右脚の後ろのマルチユースポケットが、小型・軽量化の進む携帯電話やタバコを収めるのに最適だったことも、人気の一因であったと考えられよう。
874との差異はディテールのみならずシルエットにも大きく表れている。腰裏のバンドに「Loose Fit」の文字があるように、膝下から裾にかけてストンと落ちるような、ゆとりのあるレッグラインを描いている点に注目。これによりパンツの中での足の稼働範囲が広がり、作業時の快適性が担保されている。股上も同様に874よりさらに深め。生地は共通の8.5オンスT/Cツイルを採用し、耐久性に関しても憂慮する隙を与えない。
874よりも過酷な使用環境やシチュエーションを想定して作られているため、金太郎飴の如く、どこを切り取ってもタフそのもの。しかも動きやすいとあって長年愛用しているスケーターも多く、最近ではキャンプなどのアウトドアアクティビティを楽しむ層からの信頼も厚いとか。2本目のディッキーズをお探しなら、間違いなくコレを推す。
(→〈ディッキーズ〉の「ダブルニー ワークパンツ ルーズフィット」をオンラインストアで探す)
〈Dickies ディッキーズ〉
定番人気の名作パンツ③
「EASY CARE SHORTS
イージーケアショーツ」42274
ストリート・カルチャーに溶け込んだ
裏アイコン的存在。
先述のように、ディッキーズのアイコンが874であることは疑いようのない事実だが、ミュージック&ファッションというカルチャー的視点で捉えると、もう1つのアイコン的モデルが一気に存在感を増す。874の基本スペックはそのまま継承しながらも、膝丈にチョップされたレングスが印象的なハーフパンツ。その名も「EASY CARE SHORTS イージーケアショーツ」42274である。
13インチは成人男性が着用するとほぼ6分とも言える膝丈。現行のラインアップには、ほぼ見た目の変わらない「42283」というモデルも存在し、そちらには右脚の後ろにマルチユースポケットが装備されているのが唯一の差分。比べてなおシンプルを極める本モデルは、語り所を見つけるのが非常に難しい。あえてディテールに注視するならば、通常位置であるバックポケット上に加えて、右足のフロント裾にもロゴを配しているのがポイントか。
子供っぽくなりがちな膝丈は忌避する人も多く、取り入れ方に悩むとの声も聞く。アメリカ西海岸のストリートギャングやチカーノといった先達から学ぶのであれば、しっかりアイロンで折り目をつけて腰履きし、真っ白なロングソックスと〈ナイキ NIKE〉の「コルテッツ CORTEZ」などの真っ白なローテクか、ハウスシューズがお約束。一方、パンクやハードコアのアーティストやファンたちにも愛用者は多数。Hi-STANDARDの横山健氏は、ジャストサイズのTシャツと〈ヴァンズ VANS〉の「オールドスクール OLD SKOOL」でライブに臨んでいた。要は名前の通り、自分のスタイルに合わせて自由に付き合えばいいのだ。シンプルゆえの汎用性の高さは、何ものにも代え難い武器となる。
(→〈ディッキーズ〉の「ショーツ」をオンラインストアで探す)
〈Dickies ディッキーズ〉
定番人気の名作パンツ④
「BIB OVERALL
ビブ オーバーオール」 DB100
100年近く経った今なお変わらぬ
オーセンティック。
いよいよ最後の一着。ブランド創業初期に誕生し、今なお乗り続ける名作「BIB OVERALL ビブ オーバーオール」は、まさにアメリカンワークウェアの代表格ともいえる伝統的なスタイルを、100年近く経った令和の今へと伝える、いわば着るタイムマシン。生地にはディッキーズの象徴となっているT/Cツイルではなく、肉厚でハリのある堅牢なコットン生地を使用。タフだから何も考えず洗濯機に放り込める気安さは、着易さにも繋がっている。
日々移り変わるファッショントレンドの顔色を窺う必要のない古き良きワイドシルエットに、洗濯を繰り返してもほつれ知らずのトリプルステッチ縫製を合わせることで、ワークウェアの身上たる耐久性は折り紙付き。それでいて普段使いに適した実用性を保有しているのだから、オーセンティックや侮りがたし。しかも左右サイドには、ハンマーなどの工具類を収納して持ち運べるユーティリティループとデュアルツールポケットを配備。機能的な外装がモノ好きのハートを刺激して止まない。
そんなハート(心臓)が収まる胸部分に、仕切り付きの大型ポケットを完備。モデル名の“ビブ”は元々ヨダレ掛けや前掛けなどを意味し、オーバーオールの胸当て部分を指す。下に着用したトップスが作業中に汚れるのを防ぐだけでなく、左右サイドにデザインされたポケット&ループと同様、小物や道具の置き場に困らず、必要とあらばすぐにワンアクションで取り出せる。これもまた、働く男たちから得た知見の賜物。
同じオーバーオールでも素材がデニムだと本気度も高まり、どうにも野暮ったさが先に立つ。その点、ブラウンカラーのコットン素材のボディは、無骨でありながらもどこか軽快な趣。胸元でキラリと光る金ボタンが、タフな男のワークウェアたる出自を明確に示しながらも、どこか品良き大人の風情を感じさせる。
(→〈ディッキーズ〉の「オーバーオール」をオンラインストアで探す)
本記事の序文で問うた、ディッキーズの真価とは何か?
人は、時代ごとに移り変わっていくライフステージの中で、長い人生を生きる。ディッキーズもまた、アメリカの経済成長と二人三脚で歩んできた100年間で、“働く現場”のためのワークウェアから、“すべての人々”を支えるライフウェアへと変わった。“FIT YOU, FIT YOUR JOB”改め、“FIT YOU, FIT YOUR STYLE(あなたにもあなたのスタイルにもフィットする)”。
プロダクトは、タフでシンプル。その惹句は時代を超越し、人々を惹きつける。画一的だからこそ現代社会の求める多様性という名のスタンダードとも、自然なマッチングを成し得たのである。アメリカが生んだワークパンツの定番、その真価とは“変わらぬこと”。どんとはらい。
次回【トップス編】では、874と並ぶアイコン的アウター「アイゼンハワージャケット」をはじめ、
定番人気を誇る4点の名作トップスについて語る。