FASHION

今、僕らの足に馴染む“英国”のラバーソール 〜〈ドクターマーチン〉篇〜

コロナ禍にあってリモートワークも増加し、スーツにキッチリした革靴という古式ゆかしいビズスタイルが遠き日のものとなった昨今。いきおい人々の足元選びにも変化がもたらされ、いかに歩きやすく快適かという「コンフォート性」が重要視されるように。とはいえ、そこは“モノ好き”な『knowbrand magazine』の読者諸兄姉の品定め。有用性のみならず、そこに付随するストーリーがあってこそ心躍るに違いない。ならばと考え辿り着いた結論……答えは英国にあり。

信頼のおける長き歴史、愛され続ける完成されたデザイン性、さらに抜群の歩きやすさ。そんな三拍子揃ったフットウェアブランドとして、前回取り上げたのが〈Clarks クラークス〉。今回は同じく“英国生まれのラバーソールシューズ”の名門として双璧をなす〈Dr.Martens ドクター・マーチン〉にフォーカスする。

スキーで負った
足のケガをきっかけに誕生
エアウェアの名に恥じぬ、
極上の履き心地。

さて、前回の〈Clarks クラークス〉編でも触れたが、『knowbrand magazine』において以前にもクラークスと共に深掘りしている〈Dr.Martens ドクター・マーチン〉。前者に比べて、よりストリートカルチャー色が強めながらも、オックスフォード英語辞典にも載るほど高い知名度を誇る同ブランド。まずはお定め通り、これまでの歴史を軽くプレイバック。

その始まりは、第2次世界大戦の終戦間もない1945年のこと。ドイツ軍に従軍していた軍医のクラウス・マルテンス博士が、スキーをしていて足首を負傷してしまったのがキッカケだった。それまで履いていた軍用ブーツでは、痛めた足に適さないと気付き、歩行時の衝撃を和らげ、足の疲労感を緩和するソールの開発を思い立つ。その結果、誕生したのが、小さな空気の間仕切りを多く設けた、柔らかく履き心地の良いラバー素材の「エアクッションソール」。こうして彼はこの画期的な発明品に、戦後の混乱期の中で入手した革を使ったアッパーを組み合わせ、自らの手によってブーツのプロトタイプを製作したのであった。

さらに物語が動き出すのは1947年。先述のプロトタイプを元に大学時代の旧友と、ドイツ軍が廃棄したゴムタイヤなどを原材料としたオリジナルフットウェアの製造を開始する。その快適性と耐久性から、当初は女性を中心に人気を集めたという。その後、彼らのビジネスは軌道に乗り、ドーバー海峡を渡ったイギリスにまで評判が届くように。すると同地で製靴業を営んでいたグリッグス社が、この画期的フットウェアの特許を1959年に取得。さらに改良を重ね、翌年には〈Air Wair エアウェア〉というブランド名でブーツの販売を開始した。これがのちのドクター・マーチンである。ブランド名がソールの生みの親・マルテンス博士の名を英語読みであるのは、言うまでもない。

「1460 8EYE BOOT
8アイレットブーツ」
ストリートのユースカルチャーと
結びついた1stモデルにして
不朽のアイコン。

さて、あまり長々と歴史を語ってもしょうがないので、ここからは人々に愛されてきた傑作モデルと共に、“英国生まれのラバーソールシューズ”がいかにして彼の地の若者たちに支持され、ストリート・トラッドとなっていったかを紐解いていこう。まずは“8ホールブーツ”の別称でも知られる、「1460 8EYE BOOT 8アイレットブーツ」だ 。

1960年に誕生した1stモデルがこの「1460 8EYE BOOT 8アイレットブーツ」。チェリーレッドは通好みのカラー。

“With Bouncing Soles(弾む履き心地のソール)”の謳い文句を掲げて世に登場したこのブーツこそが、1stモデルにして不朽のアイコン。「1460」の品番は、“英国靴の聖地”ノーサンプトン州のウォラストンにある、コブスレーン工場で製造ラインが誕生した1960年4月1日に因んでいる。

同ブランドの要たる「エアクッションソール」のヒール部分に溝付きのエッジを施し、独特なソールパターンも見どころ。丸みを帯びたシンプルなアッパーには、履きこむほどに足に馴染んでいく柔らかなスムースレザーを採用し、鮮やかな黄色のウェルトステッチが絶妙なコントラストを生み出している。さらには実用性とデザイン性を兼備したヒールループ。ここに刻まれた文字がグリッグス社の当時の代表の手書きと聞けば、感慨もまたひとしお。

ラバー素材を用いた上、間仕切りを多く設けることで柔らかな履き心地を実現させた、独自のエアクッションソール。

ヒールループは、ブランドの名を示すと同時に着脱を容易にするという実用性まで兼ね備えた革新的アイデアだった。

発売当初は2ポンド(現在の約40ポンド≒6,000円前後)で買える手頃なワークブーツとして、郵便配達人や警察官、工場労働者などのブルーカラーが愛用。ガーデニングシューズとして売られていたことさえあったという。では、そんな実用的シューズが、なぜストリートのユースカルチャーに結びついていったのか。

その契機となったのが、ロンドンに住む中流階級の間で誕生した「モッズ」から1960年代中頃に派生した、ワーキングクラス層の若者集団「スキンヘッズ」の登場。彼らがチェリーレッドの同モデルを履いたことに始まる。また、この不良少年たちが好んで聴いていた音楽が、ジャマイカ生まれのスカ。前回紹介したクラークスはジャマイカで国民的ブランドとして愛されており、遠くカリブ海に浮かぶ島国を介して、両ブランドが繋がっている点も興味深い。

その後、ロックバンド「ザ・フー」のピート・タウンゼントが同モデルのブラックをステージで着用し、その優れた履き心地が自分のパフォーマンスをより高みへ導いた、と絶賛。こうしてブルーカラーに支持された8ホールブーツは、イギリスのユースカルチャーにおける反逆精神と自己表現の象徴となっていった。

「1490 10EYE BOOT
10アイレットブーツ」
大西洋を渡り、
アメリカ東海岸にまで伝播
タフで過激、反体制の新たなシンボル。

そんな名作「1460」のデザインを継承しつつ、アイレットの数を増やしたのが1973年デビューの「1490 10EYE BOOT 10アイレットブーツ」。本モデルを語る際に忘れてはならないのが、同時期に訪れたパンクムーブメントと共に、アナーキー思想を強めて復活した「ネオスキンズ」の存在。本家以上に先鋭化したファッションを纏った彼らは、警察官も同じく、8ホールブーツを履いていることに反発し、このロングハイトブーツを新たな反体制のシンボルに選んだ。

ロングハイトになったことで、ストイックな印象も強まった「1490 10EYE BOOT 10アイレットブーツ」。

写真のように、シューレースを横一文字に通し、左右の外羽根部分がピッタリ付くように締め上げた独特なスタイルは、スキンズのみならずパンクスでもお約束。あえて手入れはせず、ラフに履き込むことで柔らかくなったレザーの表情もクールそのもの。彼らの過激な思想やファッションは受け入れづらいが、このテクだけはぜひ倣いたい。また、シューレースは黒が基本だが、ウェルトステッチに合わせて黄色という選択肢もアリ。白人至上主義者たちは白ヒモを通したなんて話もあるが、そこはあくまでファッション。気にせず、己の美意識を信ずればよろしいかと。

シューレースを横一文字で美しく通すためにはサイズ選びも重要。通常サイズよりも大きめをギュッと絞るのが正解だ。

並べてみると「1490」の方が高さのある分、スッキリしているなど、両モデルにおけるフォルムの違いがよく分かる。

この「1490」を、イギリスにツアーで訪れたアメリカのハードコアバンドが母国に持ち帰ったことで、同地においても支持を拡大。その流れは西海岸から東海岸へと伝播した。1989年にニューヨーク・ハードコア草創期を代表するバンド「アグノスティック・フロント」のアルバム『Live at CBGB』のジャケットにも、その姿が確認できるのが動かざる証拠である。

「1461 3EYE SHOE
3アイレットシューズ」
ファッションアイテムとしての
地位を確立
スニーカー感覚で合わせられる
万能モデル。

1970年代初頭、ドクター・マーチンはさらに勢いを増す。前出の「1460」の発売からちょうど1年後にローカットバージョンの「1461 3EYE SHOE 3アイレットシューズ」が登場したのだ。もちろん品番は、1961年4月1日の製造開始日に因んでいる。絶妙なカーブを描くトゥからヒールまでの流れるようなフォルム、そして疲れ知らずのクッショニング。このタフで壊れないワークシューズは、脱ぎ履きのしやすさも相まって労働者たちに愛用された。

ラフ&イージーに履ける1足として、スニーカー好きの支持も集めている「1461 3EYE SHOE 3アイレットシューズ」。

その後の1980年代に入ると、ファッションアイテムとしての地位を強固なものとしていき、より様々な人々に愛されるように。過激な社会主義者としても知られたイギリスの政治家、トニー・ベンもその1人である。グレースーツの足元に「1461」を合わせた姿で、労働者の権利を訴えた彼に、ブルーカラー層を中心とした支持者たちは自身らを重ね合わせた。こうして支持を獲得したのだが、実はそこに深い意味はなく「ただ履きやすかったから」と後に語っている。コメディアンで作家のアレクセイ・セイルが作った『ドクターマーチン・ブーツ』の中でも歌われているように、“階級もイデオロギーも関係なく、履けば誰もが自由になれる”。結局、重要なのは履き心地。それでいいのだ。

外羽根式のローカット仕様ゆえ、脱ぎ履きも簡単。ボトムスの選択肢が広いという点も人気獲得の一因となっている。

なお、現行モデルにはウェルトステッチが2重の「DOUBLE STITCH ダブルステッチ」、逆にイエローステッチをなくしてプレーンウェルトに仕上げた「PW ピーダブル」、全パーツをブラックに染め上げた「MONO モノ」、厚底のプラットフォームソールを装備した「BEX ベックス」など、多様なバリエーションが存在する。この事実は、今やスニーカー感覚で履けるレザーシューズとして、性別・世代を問わず愛されている同モデルの人気を如実に表している。

「2976 CHELSEA BOOT
チェルシーブーツ」
その佇まいは
スタイリッシュ&エレガント
英国女王のために考案された意匠を
今に伝える。

タフな男たちに愛された定番たちの中にあって、1970年代初頭に登場したサイドゴア仕様の「2976 CHELSEA BOOT チェルシーブーツ」は、毛色がやや異なる。ルーツは1830年頃、靴職人のJ・スパークス・ホールがヴィクトリア女王の乗馬用ブーツとして考案したものだったというから、さもありなん。これに彼女の夫であり、洒落者としても名高いアルバート公が惚れ込み、議会などの公式の場でも愛用したことで、格式高い礼装用シューズとして広がっていった。

他のモデルにはないドレッシーなフォルムと表情が、「2976 CHELSEA BOOT チェルシーブーツ」の特徴だ。

最大の特徴として、それまでのレースアップ式ではなく、履き口のサイドにあしらわれた伸縮性のあるゴム布(ゴア)でフィット感を調節するデザインを採用。これにより、手間の掛かるブーツの履き脱ぎがイージーに。シンプルな意匠でありながら、キュッと引き締まったスタイリッシュなフォルムも、他モデルとは一線を画す上品な佇まいを演出する。

足首部分の両サイドにゴム布(ゴア)があしらわれているのがサイドゴアの由来。抜群のフィット感が味わえる。

ところで、どういう経緯からチェルシーブーツの名は付いたのか? これはサイドゴアブーツがロンドンのチェルシー地区にたむろしていたモッズたちの間で、人気を博したことに由来する。余談だが、あの幕末の英雄・坂本龍馬が愛用したと伝わるブーツもサイドゴアタイプだった。そう考えれば、時代の反逆児たちの足元に、これほど相応しい1足はないように思えてくる。

「Tassel Loafer ADRIAN
タッセルローファー エイドリアン」
品位と機能性のベストマッチングを体現
その名を聞けば、
つい叫びたくなる1足。

最後は、カジュアルな印象のあるスリッポンタイプの中でも、トラディショナルな空気感を放つ「Tassel Loafer ADRIAN タッセルローファー エイドリアン」。デビューは1980年と他モデルに比べて新顔だが、紛れもないロングセラーモデルである。ちなみにモデル名の由来は不明。1976年にアメリカで公開された某ボクシング映画から……では、さすがにないと思われる。

「Tassel Loafer ADRIAN タッセルローファー エイドリアン」。ボリューミーなのだが、野暮ったさは全く感じない。

大体にドレスシューズの類は、ルックスは美しくともソールは固く、着用時の疲労感が課題。だがそんな悩みも「エアクッションソール」を搭載した本モデルならば、どこ吹く風。その軽快な履き心地は、スニーカーに慣れた足も必ずや満足させてくれるに違いない。とはいえ優れているのはソールのみにあらず。光沢感の強いポリッシュドスムースレザーを2枚貼り合わせて縫製する「拝みモカ」を採用したボリューミーなアッパーには、伝統的意匠であるキルトタン&タッセルをあしらって存在感を主張。品位と機能性のベストマッチングを見事に体現している。

歩くたびに揺れるダブルタッセルが印象的。どんな色・柄が合うのかと、ソックス選びを考えるのもまた楽しい。

1960年代、ジャマイカのルードボーイ(不良)に憧れたイギリスの若者たちは、ショートパンツ&白ソックスにタッセルローファーを合わせたというが、本モデルはビズスタイルの足元にも間違いなく似合う。序文でも述べたが、“スーツにはキッチリした革靴”という常識は、今や昔。軽く歩きやすい機能的なラバーソールと品格を併せ持つ「エイドリアン」こそ、我々が求めている最適解の1つなのではないだろうか。

さて、歩きやすく快適という切り口で、2回にわたって紹介してきた“英国生まれのラバーソールシューズ”。定番として確固たる地位を築いてきたクラークスとドクター・マーチン。両ブランドが、いかに魅力的なプロダクトで人々に愛されてきたかが、よくお分かりいただけたことだろう。

年の瀬が迫るも、まだまだ落ち着かない世の中。とはいえ、ステイホームばかりでは少々気が滅入る。ならば寒さに負けず、気晴らしがてらにウォーク・ディス・ウェイなんてのも悪くない。軽快に、そして快適に。その踏み出す一歩が、希望の明日へと続いていることを願って。

(→「 今、僕らの足に馴染む“英国”のラバーソール 〜〈クラークス〉篇〜」はこちら

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