映画に学ぶ!メンズファッション名作アイテム図鑑「トレンチコート」「モッズコート」…、ミリタリー由来の傑作たち
映画がカルチャーの中心で輝いていた時代を知る世代からは、間違いなく同意を得られるであろう、この言葉。スクリーンの向こう側で俳優たちが身に着ける様々なファッションアイテムは、登場人物たちの趣味嗜好や時代背景を説明するにとどまらず、作品の世界観をも表現する極めて重要な舞台装置である。さらに言葉を重ねるならば、その映画そのものを我々が思い起こす際に、記憶を呼び起こすトリガーにすらなり得るーー。
ご機嫌いかがですか?
Mizu-Knowbrand Magazine Haruoです。
あの頃、映画は我々にファッションを教えてくれる先生でもありました。
「劇中で俳優たちが着こなす、日本では当時手に入れるのも困難だったアイテムやこなれた着こなしに憧れて、服やオシャレに目覚めた」。そんなチュートリアルを誰しもが通り、「生まれも育ちも違う者同士が“あの映画のアレ”で会話が盛り上がり意気投合した」…なんて経験を楽しげに語る人も多いことでしょう。かつて映画はファッション好きの基礎素養でしたし、そこから得られた知識と興奮と感動は、我々の心のアーカイブに、今も銀幕の中の想い出とともに色濃く残っているのです。
というワケで、今回のテーマは“幾多数多ある名作映画から、メンズファッションにおける名作アイテムを学ぶ”です。といっても、いたずらに挙げていってはキリがありません。そこで1970年代〜1980年代に公開された、名作と誉れ高き4タイトルに注目し、劇中に登場するミリタリー由来の4アイテムをピックアップ。劇中のイメージイラストとともに、お届けさせていただきます。
アイテム数は少なめですが文字量は多めです。ごゆっくりとお楽しみください。
映画に学ぶ!
メンズファッション名作アイテム①
『タクシードライバー』(1976年)と
「M-65 フィールドジャケット」
素肌に羽織り、鏡の前で銃を構えて、
ぜひあの一言を。
『タクシードライバー』(1976年)
STORY/戦地で心に深い傷を負い、不眠症に悩むベトナム戦争からの帰還兵トラヴィス。タクシードライバーとして働く彼は、麻薬の売人や怪しげな店が溢れる汚れきったニューヨークの街で日々、嫌悪感を募らせていた。そんなある日、売春婦の少女と出会う。彼女を救おうと闇ルートで拳銃を手に入れた彼は、肉体も鍛え始め、ある計画を練り始める…。
第29回「カンヌ国際映画祭」において最高賞のパルム‧ドールを受賞した本作。主人公のトラヴィスを演じたのは、かの名優ロバート‧デ‧ニーロだ。彼が出会う売春婦の少女を演じたのは、当時13歳だったジョディ・フォスター。デニーロがこの役を演じるために、実際にN.Y.で3ヶ月間タクシードライバーとして働いていたというのは、映画ファンの間では有名な話。
そんな本作で取り挙げるアイテムは、ミリタリージャケットの名作「M-65 フィールドジャケット」。ベトナム戦争帰りのタクシードライバーという役柄を表現するのに、これ以上ない適役と言える。これとサングラスにモヒカン頭となったロバート・デ・ニーロをセットで思い浮かぶ方も多いだろう。
さて、通常M-65といえば、陸地での戦闘の際に着用される米軍の野戦用フィールドジャケットを指す。通常と前置きした理由はのちに述べるが、正式名称は「COAT,COLD WEATHER,FIELD」。劇中で着用しているのは、M-65の中でも“2nd”と称される1967年から1971年頃に製造されたモデルだ。
2ndモデルを見分ける上での特徴はいくつか存在するが、初心者にも分かりやすいのが、ジップの素材がアルミかブラスか。2ndは前者であり、この特徴から好事家の間で“アルミジップ”や“アルミ”とも呼ばれている。今回掲載した個体では、フロントと簡易フードが収納されている襟元のジップに、ともに〈SCOVIL スコービル〉社製のアルミジップを採用している。
また2ndでは、M-65の初期型にあたる通称“1st”モデルには無かった肩のエポレットも追加されており、このディテールは以降も脈々と引き継がれていく。近年はこれを取り外すリメイクを施すパターンをよく見かけるが、むしろこの無骨さがミリタリー然として良いという声も多い。
2ndの特徴はまだある。袖口に配された三角形のマチの有・無も分かりやすい。ここに使われている生地は他の部分よりも薄く、ダメージを負いやすかったため後に廃止された。やがて消えゆくディテールにハっとしてグッときて想いを馳せる。要はロマンというやつだ。
またM-65は、内側に防寒用ライナーを装着することで、より厳寒な環境にも対応できるよう設計されている。中綿を詰め込んだキルティング仕様のライナーは非常に軽量。ジャケット側に配置されたボタンによって着脱する仕様も、合体ロボ感覚でなんだか楽しい。
なお、本来このライナーは、取り外して単体で着用することを想定したアイテムではないが、近年ではライナーのみをアウター代わりに羽織るという着方もスタンダードに。そんな背景もあって需要拡大。年代が古くコンディション良好のライナーは、いきおい価格も上昇傾向にある。
もちろん本体のM-65も同様。タクシードライバーで着用されて名が広まった2ndモデル、レアな1stモデルを筆頭に、価格上昇の波は止まらない。当然今後はさらに高騰化が予想される。お探しならば、タクシーを飛ばしてでもお早めに。
この他にも、M-65を含めたフィールドジャケットの名作については、過去の『knowbrand magazine』特集記事をご一読いただきたい。では、最後に有用なウンチクをひとつ。
トラヴィスのM-65の左袖に付いていた“King Kong Company”のパッチは、かつて彼が所属したUSMCフォース・リーコンのチームパッチという設定。ミリタリーギアの復刻プロダクトで有名な「MASH マッシュ」では、忠実に復刻されて今も販売中だとか。ぜひ手に入れてジャケットに貼り付けて。あとは「You Talkin’ to me?」と、何度も呟けば完璧だ。
(→「M-65 フィールドジャケット」をオンラインストアで探す)
映画に学ぶ!
メンズファッション名作アイテム②
『クレイマー、クレイマー』(1979年)と
〈Aquascutumアクアスキュータム〉の
「トレンチコート」
慣れない家事と仕事の両立、
そして子育てに奮闘する父親の戦闘服。
『クレイマー、クレイマー』(1979年)
STORY/ダスティン・ホフマン演じる主人公テッドは、毎晩深夜に帰宅する仕事人間。そんな夫に愛想を尽かした妻がある日、7歳の息子テッドを残し家出をしてしまう。翌日から慣れない家事と息子の世話に手を焼きながらも仕事との両立に悪戦苦闘。数々の失敗やケンカを乗り越え、やがて父と息子の絆は深まっていく。しかし家出から1年後、突然現れたジョアンナが息子の養育権を主張し、テッドを提訴する…。
続いての作品は、ダスティン・ホフマンとメリル・ストリープが夫婦役で共演したロバート・ベントン監督の作品『クレイマー、クレイマー』(1979年)。同年のアカデミー賞で作品賞、監督賞を含む5部門を受賞したまさに名作。特に慣れない手つきで息子のためにフレンチトーストを作るシーンは印象深く、世の父親たちは共感と切なさに泣いた。
そんな印象的なシーンに彩られたクレイマー、クレイマーで注目すべきは、ダスティン・ホフマンが着こなす「トレンチコート」。銘柄はトレンチの代名詞でもある、1851年創業の〈Aquascutum アクアスキュータム〉である。
賢明なる読者諸氏の中に「トレンチコートがミリタリーウェア?」と訝しむ者は、さすがにいないだろうが、一応説明をすると、第一次世界大戦時に英国軍が塹壕(トレンチ)戦用に開発したのがそのルーツ。よって、アイテムの随所に用途に則した独特のディテールが見られる。
肩にエポレット、フロントはダブルブレスト。両袖口にはスリーブストラップがあり、風雨が強い時には袖口を締めて防寒できる上、腕の動きによる袖のまくり上がりも防げる。加えて両サイドのポケットは、内部に雨が入らないようにボタン留め式のフラップ付き。
コート着用のまま、中に着た上着のポケットにアクセスができる仕様も“ならでは”の意匠。右肩には、ライフル銃の発砲時の衝撃を和らげるガンパッチも備え、銃身への雨水の侵入を防ぐ用途も兼ねているとか。下襟を合わせて上に被せればさらに効果的。いかにも男心をくすぐるミリタリー由来のディテールが並ぶ。
また襟裏に収納されたスロートタブを取り出し、襟を立ててボタン留めすることで喉元から吹き込む風雨をシャットアウト。袖付けは肩の可動範囲や運動量を最大限に拡張するラグランスリーブ。そのどれもが、狭い塹壕の中での動きやすさを追求し、拠点守備に注力できるよう考え抜かれたデザインといえる。
ディテールの話はまだ続く。背面の裾には、内側に箱ひだを備えたインバーテッドプリーツをデザイン。裾が大きく開くので膝下までのロング丈でも脚の動きを妨げることはない。ボタンを留めて広がりを抑えることも可能だが、裾をはためかせて颯爽と歩く姿もまたデキる男の佇まい。
そんなトレンチコートだけに、たとえ雨に降られても傘は似合わない。その代わりとなるのが、雨が降りかかりやすい背上部には2枚の布を縫い合わせたアンブレラヨーク。末端を縫い付けていないのは動きを妨げることなく風雨を耐え忍ぶ知恵。しかも表地には、1959年にアクアスキュータムが生み出した画期的撥水生地「Aqua 5」が使われているので心配ご無用。
そもそもアクアスキュータムとは、ラテン語で「水」と「盾」を表す言葉を組み合わせた、防水を意味する造語に由来する。となれば雨対策はお手のもの。それでも濡れて体が冷えたら、ウエストベルトを締め付けて衣服と体の隙間を埋めれば防寒性も向上する。また、そこに付けられた複数のDリングはナイフや水筒、手榴弾などをぶら下げるためのものというから、もはや“機能性を着ているようなもの”。
ところで1つ疑問がある。映画劇中でダスティン・ホフマンが着用しているトレンチコートだが、なぜアクアスキュータムのものであると判断できるのか? その秘密は先ほどもチラリと覗いたチェック柄の裏地にある。
クラブチェック(またはハウスチェック)と呼ばれるそれは、英国の格式高いクラブのブレザーの色を表したネイビー、トレンチコートの代表色であるベージュ、そして素材や生地の質感を大切にする意味が込められたビキューナのブラウンの3色で構成された、アクアスキュータム伝統のアイコン。
このチェック柄が1976年のブランド創業125周年を記念して発表されたという歴史的事実と、映画公開が1979年で撮影時は1977〜1978年頃であったという憶測を照らし合わせれば辻褄も合う。この推理を信じるか、信じないか。もし違ったとしてもクレームはご勘弁を。
ついでにウンチクをもう1つ。それが、このトレンチコートのデザイン草案がどこからきたのか…? というもの。候補は2つ。今回ご紹介のアクアスキュータムと、こちらも老舗の〈BURBERRY バーバリー〉。両ブランドの頭文字を取って「AB論争」ともいわれるこの争いは、いまだに決着つかず答えも保留。
なお、家出をして息子の養育権を法廷で争う妻役のメリル・ストリープが劇中で着ているのが、実はバーバリーのトレンチというのも奇妙な一致。夫婦の亀裂とAB論争…なんとも意味深だったり、なかったり…。
とにもかくにも、トレンチコートは“キング・オブ・メンズコート”の異名を持つ、メンズファッション界の殿堂入り名優。どこか愁いを帯びたベージュのトレンチコートが、ニューヨークのマンハッタンという大都会での家族模様を描くこの作品にとって、重要なエッセンスとなっていたのは間違いない。
ダンディズムとはほど遠く、男の背中によろしく哀愁。そんなトレンチとの付き合い方もあって良い。
(→〈アクアスキュータム〉の「トレンチコート」をオンラインストアで探す)
映画に学ぶ!
メンズファッション名作アイテム③
『さらば⻘春の光』(1979年)と
「M-51 モッズコート」
スクーターを乗り回すモッズ青年にも、
足で現場を回る脱サラ警察官にも。
『さらば青春の光』(1979年)
STORY/舞台は1965年の英国ロンドン。細身のスーツとミリタリーコートに身を包み、改造したイタリア製スクーターにまたがる若者のグループ「モッズ」。広告代理店で働くジミーは、彼らのカリスマ的存在であったエースに憧れ、仲間らとドラッグやケンカ三昧の日々を過ごしていた。そんなある日、リーゼントに革ジャンを纏った敵対グループ「ロッカーズ」との大規模な衝突が起こり、暴動にまで発展するが…。
お次も1979年の作品。フランク・ロッダム監督の『さらば青春の光』。その名の通り、青春映画の金字塔ともいわれる名作にして、1960年代の英国モッズ‧カルチャーを語る上では欠かすことのできないバイブル。この映画により、公開当時にモッズのリバイバル‧ブームも巻き起こったとか。
イギリスを代表するバンド「ザ・フー」が孤独なモッズ少年ジミーの多重人格と精神的葛藤を軸に製作した、ロックオペラアルバム『四重人格 Quadrophenia』(1973年)がモチーフにもなっており、バンドメンバーのロジャー・ダルトリー、ジョン・エントウィッスル、キース・ムーンが製作総指揮に参加。モッズたちのカリスマ的存在、エースを若かりし日のスティングが演じている点にも注目だ。
さて同作品に登場するミリタリーウェアといえば、モッズたちのアイコンにもなっている通称「モッズコート」に他ならない。
モッズコート…それは、1951年にアメリカ陸軍に制式採用された野戦用のミリタリーコートの俗称である。米軍規格(ミルスペック)により規定された名称は「PARKA SHELL M-1951」。ジャケットでもコートでもなく“パーカ”にカテゴライズされているため、「モッズパーカ」とも呼ばれる。
この言葉は1960年代に生まれた。当時のモッズたちが、お決まりの細身のスーツで愛車のスクーターに乗る際に、防寒や大切なスーツを汚れから守るために羽織り始めた「PARKA SHELL M-1951」が、彼らの間で大流行しアイコン化。このことからモッズコート、あるいはモッズパーカという通称が定着したとか。
モッズ“コート”と呼ばれるだけあって着丈長め。そして後裾はより長く、燕尾状の先割れ型。このフィッシュテールも後ろ姿に個性を添える特徴の1つ。オーバーコートに属するのでサイズ感はざっくり大きめ。その絶妙な野暮ったさ、ダサさがむしろクールに見えるのだから、アラ不思議。
ボディと一体化した大型フードも見どころ。着脱式のコヨーテファーフードはシェルのフード内側に装着するため、サイズ感はひと回り小さめ。あえてフィールドジャケットに装着するなどのアレンジも可能。ラフな肌触りに心躍るコヨーテファーは、後に化繊のフェイクファーに切り替わっていく。実に残念。
フロントジップは〈TALON タロン〉社製のアルミジップ。前立てのスナップボタンも使えば防寒性は倍付けドン。ついでにライナーは着脱式。背タグを見れば「PARKA,LINER,M-1951」の文字がうっすら。
同じく画像では伝わりにくいが、今回紹介したモデルのライナーはコットンパイル地織り。“後期型”と呼ばれ、ウール・パイル織りの“前期型”と区別されているので覚えておこう。このライナーもまた、先述のM-65同様、取り外して単体で着用することは想定されていないものの、アウター代わりに羽織られることが多い。たしかに単体で見れば、シルエットも切り替えのデザインもともにキャッチーに思える。
ちなみにM-65のライナーと比較するとこちらは非常に重たく、ライナー装着状態のモッズコートはなかなかの重量感。ロンドン郊外の労働者階級の若者を中心に広まり、オリジナリティを追求することで独自の世界観を生み出したモッズ。彼らを真似るにはそれなりの覚悟が必要ということだ。
なお、M-65の名を冠する「PARKA, MAN’S, M-65」というよく似たモデルも存在するが、1960年代に英国のモッズたちが最新の米国製ミリタリーギアを手にしていたとは考えにくく、いわゆるモッズコートといえば、M-51を指していたと考えるのが順当。服好きならば覚えておいて損なし。
最後に、オリーブドラブのミリタリーコートといえば、ドラマ・映画と大ヒットを記録した『踊る大捜査線』シリーズで、織田裕二演じる青島刑事が着用し「青島コート」と呼ばれているアレもM-51 モッズコートだ。
しかも映画『踊る大捜査線ザ・ムービー 1』では、〈ALPHA INDUSTRIES アルファ インダストリーズ〉社製M-51を着用している設定だが、実際に着用されたのは〈HOUSTON ヒューストン〉製。当時、アルファ製の在庫がなく、リハーサル用だったヒューストン製が本番でも使用されたそう。
ヴィンテージにこだわるのも良いが、「ストーリーがあるなら、レプリカも悪くない」。青島刑事ならそう言うに違いない。
映画に学ぶ!
メンズファッション名作アイテム④
『なまいきシャルロット』(1989年)と
〈ORCIVAL オーシバル〉の
ボーダーマリンシャツ
「RACHEL ラッセル」
瑞々しく爽やかなイメージも、
ひっくり返せばリアルクローズ。
『なまいきシャルロット』(1989年)
STORY/物語の舞台は夏のパリ。13歳のシャルロットは、何事にもイライラしてしまう反抗期真っただ中。友達といえば近所に住む幼い少女ルルだけだった彼女だが、夏休み目前のある日、コンサートのため街にやって来た同い歳の天才ピアニスト、クララと偶然知り合う。クララに付き人になるよう誘われ、シャルロットは外の世界を夢見るようになる…。
「映画に学ぶ!メンズファッション名作アイテム図鑑」と銘打っているのに、主人公が13歳の少女。タイトル詐欺にならないか不安だが、こちらも当然名作なので押さえておきたい。監督は、フランスの名匠クロード・ミレール。主人公シャルロット‧キャスタンには、シャルロット・ゲンズブールが起用された。
当時14歳ながら本作で初主演を飾った彼女は、思春期特有のいら立ちを抱える主人公をみずみずしく演じ、1986年の第11回セザール賞で新人女優賞も受賞。また、歌手で音楽プロデューサーのセルジュ‧ゲンズブールと、女優・歌手にして、〈HERMÈS エルメス〉のアイコンともいうべき「BIRKIN バーキン」の由来となったことでも知られるモデルのジェーン・バーキンを両親に持つサラブレッドでもある。
劇中では、まだあどけない少女だったシャルロット・ゲンズブールが魅せる、直球のフレンチスタイルが実に印象的だった。中でもオーバーサイズのボーダーマリンシャツと、ほどよく色落ちしたブルージーンズの組み合わせは、フランスに憧れるオリ―ブ少女たちの心をグッと掴んだ。
やはり目につくのはボーダーシャツだろう。銘柄は1939年創業のフレンチブランド〈ORCIVAL オーシバル〉。その名は、フランス中部・オーヴェルニュ地方にある小さな村の名に由来するという。
そんなオーシバルの定番がマリンシャツであり、中でもシャルロットが着用しているモデルは特にポピュラーな「RACHEL ラッセル」。…ということなのだが、ともすれば可愛いらしくも見えるマリンルック全開のボーダーシャツが、なぜミリタリー由縁なのか?
実はオーシバルは、1950〜1960年代にフランス海軍に制服を提供した由緒あるブランド。そしてラッセルのボーダー柄は、ネック周りや袖口、裾は無地となる「パネルボーダー」と呼ばれるもので、元々フランスのノルマンディ地方の船乗りが、視界の悪い海上でも見つけやすいように着ていたともいわれる。
これがフランス海軍の水兵たちの制服にも採用され、パネルボーダーは海軍仕様の証となった。まさにミリタリーウェア由来なのだ。
現代的感覚ではシンプルのひと言に尽きるデザインだが、そのディテールにはそれぞれ意味がある。厚手のコットン地は、衣類としての耐久性と海風対策を兼ね備えるための必然であり、ボートネックは濡れた際にも脱ぎやすく、短めの袖丈は袖口の水濡れや作業時の器具への引っ掛かりを防げる。そして横縞のボーダー柄は、海に転落した際に目立ち発見しやすいため取り入れられたともいわれている。
加えて、その生地はフランスでも数台しかない貴重な編機で生産される「ラッセル生地」。この生地は、通常よりも多くの糸を使用し、長い時間をかけて複雑な構造で編み込む贅沢なもの。ゆえに、丈夫で通気性に優れ、独特なハリ感も着込むほどに体に馴染んでいく。
さすがチープシックの概念を生んだ国だけあって、まごうことなきリアルクローズだ。
劇中のシャルロットの着こなしは、このラッセルのメンズサイズをタックインして着用していると思われる。そのオーバーサイズ具合がなんとも絶妙。あどけなさなんてとうの昔に消失し、体だけは生意気に膨らんだ、我々のような大人メンズでも取り入れやすいのがありがたい限り。
ちなみにオーシバルのアイコンでもある蜜蜂のエンブレムだが、蜜蜂は自分の巣に正しく帰ってくる帰巣性が高く、出兵した海兵たちに向けて「必ず生きて帰って来てほしい」というメッセージが込められているとかいないとか…。
非常にドラマチックな逸話だが、実際に納品されていたシャツは軍用品らしく無駄な装飾が排除されているため、その真偽のほどは眉唾もの。でもそれでもイイ、それがイイ。虚実入り混じるからこそ、人生も映画の世界も面白いのだから。
(→「ボーダーマリンシャツ(バスクシャツ)」に関する特集記事はこちら)
(→〈オーシバル〉のボーダーマリンシャツをオンラインストアで探す」
アクション、SF、アドベンチャー、ファンタジー、ホラー、サスペンス、ミステリー、コメディ、恋愛、ヒューマンドラマetc.…。時に興奮と熱狂、または疑惑と魅惑、さらには笑いと感動を提供し、観る者を心震わせる名作映画と、その記憶を呼び起こす“あの映画のアレ”について、4作品ノンストップでロードショーしたが、さて、どうでしょう?
現在、テーマと作品を変えた続編を鋭意製作中。ぜひ次回の掲載にもご期待いただきたい。
では、最後は例のフレーズで締めるとしよう。
いやぁ、“映画とファッション”って
本当にいいもんですね!
それではまた、
Knowbrand Magazineでご一緒に楽しみましょう。
Illustration: Hisayuki Hiranuma