ウィズコロナは、ウィズ〈グレゴリー〉で。【デイパック編】
〈GREGORY グレゴリー〉は今年で 45 周年を迎えた。口元からマスクが外せないままアニバーサリーを迎えたことは、はたして幸か不幸か。確かにバッグ本来の機能性を考えれば、長期の遠征が憚れる現状は幸せとは程遠い。ただしそんな閉鎖的状況の今、ブランドの前向きな精神性を再確認するタイミングとしては絶好なのかもしれない。
これから、どんなウィズコロナが待ち受けているかは知る由もない。言葉にならないくらい先は長く、深い。それでもウィズグレゴリーであれば、我々は軽やかに歩いていける。
本格と手軽が同居する、
デイリーユースの着るバッグ。
すぐにバックパックを背負いたくなる気持ちを抑え、まずはブランドのおさらいから。フィールドを問わず愛用者の多い傑作は、いかなる土壌で育まれてきたのだろう。
ブランド創設は 1977 年。HipHop カルチャーの分岐点となったニューヨーク大停電と同年、ウェイン・グレゴリーによって立ち上げられた。以降、本拠地とするアメリカ・サンディエゴから発信を続けるわけだが、彼のバッグ製作のはじまりは 1962 年にまで遡る。
当時 14 歳だったウェインは地域のボーイスカウトに所属し、自立と共存を尊ぶ団体行動のなかでとあるクリエイションに没頭する。そうして出来上がった木製のフレームパックこそ、ブランドの出発点。今もアーカイブが残るそれは、1970 年に他界したアウトドア愛好家ウォルター・バーナード・ハントによる木工 DIY マニュアルから着想を得たものだった。
1960 年代の後半には、反戦ムードやヒッピー思想とともにバックパックムーブメントが過熱。そんな追い風もあってか、ウェインは 1970 年にバックパック専門のガレージブランド「サンバード社」を設立した。妻のスージーらとともに当時主流だったフレームザックの生産に乗り出し、サンバード社が解散する3年間で4種のバックパックをデザインしている。
これらの経験に加え、フリーデザイナーとして多くのアウトドアアイテムを製作してきた背景なくして、1977 年の〈GREGORY MOUNTAIN PRODUCTS グレゴリー・マウンテン・プロダクツ〉発足はありえなかったはずだ。事実、ウェインは従来品のバックパックに限界を感じ、自らのプロダクトにさまざまな改善を施している。
各社が試験段階だったバッグ内部にフレームを設置するインターナルデザインにシフトし、背負う人の身長に合わせた多サイズ展開やフレキシビリティを追求。なかでも代表的なのが、背面のカーブに沿って曲げられるフレームと可動式ショルダーハーネスの開発だろう。結果、「Don’t carry it, Wear it 背負うではなく、着る」という革新的な発想のバックパックを完成させた。
さらに言えば、信頼性の高い本格的登山用モデルで地位を築く一方で、その技術を応用したデイリーユース向けのバックパックを手掛けたのもグレゴリーの功績である。約半世紀前から、山と街の架け橋であり続けるアメリカブランド。そしてその中軸を担うのは、ご存知「DAY PACK デイパック」に他ならない。
(→〈GREGORY〉のデイパックに関する別の特集記事は、こちら)
「1st TAG 1st タグ」時代(1977〜1982 年)
初代にして圧巻の完成度。
ここからは、ブランドのマスターピースであるデイパックを年代毎に紐解いていく。当然その変遷のなかで多少のディテールに変更が加えられるが、特に洒落者の心を動かすのがタグの移り変わりであろう。ご安心を。以下で 6 種のタグをじっくりご覧いただきたい。
「デザートラスト」と呼ばれるレトロカラーに彩られたこちらのデイパックは、1977 年のブランド創設時からリリースされていた初期型に範をとったもの。現行よりややコンパクトな 21l容量のアーカイブを忠実に再現し、ブランド 40 周年の 2017 年に 1977 個限定で蘇った復刻バージョンだ。
開閉しやすいよう斜めにジップが走ったフロントポケットをはじめ、45 年前の作品とは到底思えないほどの高い完成度に驚かされるが、やはりまずは初代の「1st TAG 1st タグ」に注目したい。
カリフォルニアに位置するホイットニー山をブランドの頭文字「GMP」で模したアイコンの下には、当時のブランド名を略称ではなく正式に表記。横長ではない正方形のあしらいや、デイパックのフロントではなく左下に位置する点も見逃せない。
ショルダーハーネスは直線状ながら、胸部分にある「STERNUM STRAP スターナムストラップ」の高さ調整機能を当時からすでに備えるところなどは、元祖“着るバックパック”の面目躍如か。キルティング仕様のバックパネルと金属製のバックルパーツはともに、今では見られないオリジナルの特徴。後者の身体への干渉を防ぐ本革製の半円形パッチ(leather tipped buckle guard) も、往年の趣きを伝える。
「BROWN TAG 茶タグ」時代(1984〜1989 年)
ブランドの飛躍を支えたレアタグ。
続いては 1984 年から 1989 年まで使われた「BROWN TAG ブラウンタグ」、通称“茶タグ”を備えるデイパックを見ていこう。写真のモデルは、2007 年にリリースされた復刻版だ。
なお、1st タグと茶タグの間には 2 年間だけ「PRINT TAG プリントタグ」なるデザインが採用されていたが、現存数は極めて少ない。
いずれにせよ茶タグの登場によって、現在にまで至るグレゴリーのスタイルはほぼ完成されたと捉えていいだろう。というのも、タグのサイズ感やあしらわれる位置などは以降 30 年以上もほぼ変わらず。そんな安定感のあるタグデザインと同様に、デイパック本体もこの時代から大きな変化は加えられていない。
1st タグのデイパックと比べてひと周り大きくなり、さらに使い勝手が向上。ショルダーハーネスは身体のラインに沿った曲線を描き、下部の半円形パーツには本革ではなく扱いやすい人工皮革が採用されている。
また、茶タグが採用されていた当時には、大型のウエストバッグ「RUMPER ROOM ランパールーム」や 2 日分の荷物の持ち運びに適した「2 DAY PACK ツーデイパック」、コンパクトな「TAIL MATE テールメイト」などラインアップが充実。茶タグは、ブランドの飛躍を証明する名刺代わりでもあったのだ。
「PURPLE TAG 紫タグ」時代(1990〜1992 年)
鮮やかに記された新時代の象徴。
1990 年代。日本では渋谷発信の「渋カジ」や「キレカジ」、硬派な「ハードアメカジ」など細分化したアメカジが大流行した当時に、グレゴリーのタグは4代目へと移行する。目にも鮮やかな「PURPLE TAG パープルタグ」は、新時代の象徴となった。
パープルタグは3年間という短い展開期間も相まって、プレミアムな存在として有名だ。前述の通り当時はアメカジブームの真っ只中ゆえ、争奪戦が勃発。今でも人気は衰えず、ヴィンテージラバーにとっての垂涎の的だ。
そんな大幅に色彩が変更されたタグデザインとは異なり、デイパック自体の仕様に大きな進化はない。すでに街山両用モデルとして世界中の市民権を得ていた名機だけに、バージョンアップを必要としないからだ。強いて言えば、ボディとトリムの色を分けた2トーンモデルが増え始めたくらいか。
ショルダーハーネスには D リングが付くが、これはひとつ前の茶タグ時代に起きた仕様変更。カラビナだけでなく多彩なキーホルダーが付いたデイパックも、この頃から見慣れた光景に。
「BLUE LETTER 青文字タグ」時代(1993〜1997 年)
ロゴもあらためイメージ一新。
短い登板ながら、確かな存在感を放ったパープルタグ。その後を引き継いだのは、イメージを一変したブラック基調の「BLUE LETTER ブルーレター」だった。ブルーとは、青文字で書かれたブランド名を意味。日本では青文字タグと呼ばれている。
ブランドネームだけでなく、ホイットニー山を示すタグ中央のロゴデザインも刷新された。これまでの鋭角なロゴに変わって、ラフな一筆書きを採用。このロゴ自体は 2015 年まで長きに渡って使用されたため、見覚えのある読者も少なくないだろう。
青文字タグ搭載モデルとして今回紹介するのは、ビビッドな配色のデイパックだ。インパクト抜群のブルー×レッドは、まさに‘90 年代的アメカジのど真ん中といった佇まい。ショルダーハーネスにもブルーがあしらわれ、ポップなムードを増長する。
ちなみにこの青文字ロゴの登場を持って、タグの変遷にはひと区切りがつけられる。これ以前のパープルタグまでを“旧タグ”と呼ぶように、ファンの間でも意識の変化が見受けられた。
タグ以外のディテールの変化としては、ショルダーハーネス下部の半円形プロテクターパーツが廃止されている。主たる着用シーンが山から街に傾くなかで、よりデイリーユースに合わせた繊細なアップデートがなされたと言えよう。
青文字タグもパープルタグに劣らぬほどのレアもので、稼働期間はわずかに4年。しかも 2014 年からグレゴリーのバッグの工場はアメリカからアジアへと移行しており、その意味でも青文字タグ搭載モデルは希少性が高い。
「SILVER LETTER 銀文字タグ」(1998 年〜2015 年)
17 年間を支えたシンプルデザイン。
20 世紀末から 2015 年まで。実に 17 年間も使用されたのが、この「SILVER LETTER シルバーレター」。いわゆる“銀文字タグ”である。青文字タグの大部分を踏襲し、ブランドネームのみ文字色をシルバーにするシンプルな変化が加えられた。
写真で紹介するモデルは、2005 年にリリースされた限定バージョン。デイパックのデザインとしては過去のモデルと大差ないが、ボトム部分にスウェード素材が使われている。実はこのディテール、今作以外では見られない貴重なものだ。
バッグ全体を彩るのは、歴代モデルのなかでも特に人気の高い「チョコチップカモ」と呼ばれるカモフラージュ柄。柔らかい質感のブラウンスウェードとの相性は言わずもがな、銀文字タグともスマートにマッチする。
青文字タグのパートでも触れたように銀文字タグが使われた 17 年の間にグレゴリーの生産拠点が変更となったが、人気柄「チョコチップ」を纏ったスウェードボトムの限定モデルは弾数の少ない逸品。リユースマーケットで掘り当てた際には、ぜひ早めのご決断を。
「CURRENT TAG 現行タグ」(2016 年〜)
進化するブランドのモダンを体現。
デイパック編の最後に紹介するのは、「CURRENT TAG 現行タグ」を載せた最新バージョンだ。一見それほど変わらないように感じられるも、多くのポイントがモダンに昇華。早速、タグデザインから拝見しよう。
直線で構築されたロゴデザインは、青文字タグやシルバータグと同様の一筆書きながら旧タグ的な鋭角さも持ち合わせる。一方でモノトーンのカラリーングはアーバンなイメージを加速させ、一説によれば登山から未来へのアクティビティへとつながる“一本道”を示したという一筆書きに説得力をプラスする。どこかアノニマスなムードもまた、多様化の時代に相応しい。
メインコンパートメントのファスナーを開けば、メッシュポケットに加えて PC スリーブまでお目見え。さらにウエストベルトはベルトキーパーに収納でき、未使用時にかさばらない。
山から街、そしてオフィスへ。ボーダレスなライフスタイルを真に満喫するなら、こんな相棒こそが不可欠なのだ。
ひとりの少年、ウェイン・グレゴリーがはじめてバッグを作った 1962 年から数えて、実に 60 年もの時が経過した。その間、機能面は必要な分だけのアップデートが施され、自らのアイデンティティを示すタグは微かな変遷でデザインの楽しさを語る。
変わること、変わらないこと。そのどちらの大切さも熟知するからこそ、グレゴリーのデイパックは特別であり、これからも世界中で愛されるのだろう。
続く後編では、デイパック以外の定番モデルをピックアップ。そちらもお見逃しなく。
(→【傑作アザーモデル編】は、こちら)