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京都紋付によるリウェアプロジェクト「K」〜黒の再生〜【後編】

和の伝統技法“黒染”を継承し、現代にフィットした進化の道を歩み続ける老舗〈京都紋付〉。
日本から世界へ黒の新たな価値を問いかけ、黒という色に秘められた可能性を提示する同社を訪れ、100年以上の歴史を持つ老舗が誇る、高い技術力と飽くなき探究心の一端に触れた【前編】に続いて【後編】をお送りする。

まずは、そのラストでも触れた京都紋付独自の黒染め技術“深黒(しんくろ)加工”をフィーチャー。和装業界で親しまれていた黒染を、アパレル業界にも広く浸透させる要因となったこの革新的技術を通して我々は知るのである。理想の黒を追い求めて深化する、京都紋付の真価を。

黒を研究し、辿り着いた答え
門外不出の技術“深黒”加工。

前述の通り、【前編】では染め替えの工程を追ったワケだが、さらに黒を際立たせるために行われる最後の工程が抜けていた。それが深黒加工である。門外不出の独自技術のため、実際の作業工程をお見せすることは不可能だが、簡単に説明すると“黒染した生地に薬品を含侵(がんしん)させて光を吸収することで黒く見せる”というもの。色の耐久性が最も強い反応染料を用いてなお、黒を極めるには限界があるが、深黒加工を施すことで絶対にムラにならず、他の追随を許さないほどの深みのある黒が実現した。また、この深黒加工には黒さを際立たせる以外にも様々なメリットがある。

通常の黒染が施された状態。これだけでも十分に黒く染まっているように感じられるが、経年変化による色落ちからは逃れることがで きない。ここに深黒加工が施されることで、数段黒く感じられるようになるという。

1,色落ちしない。
染料と繊維の分子が結合することで、汗をかいても色落ちせず、染め替えした服と他の衣類を一緒に洗濯が可能。言い換えるならば、褪色を防いで黒を長く楽しむことができるということにも繋がる。

2.ソフトな肌触りと撥水効果が生まれる。
生地に薬品を含浸させているが、高い堅牢度を保ちながら仕上がり自体は非常にソフト。またその副産物として撥水性と防汚性 も獲得。汚れが付着しづらいので洗濯頻度も下がり、結果的に長持ち。

左:深黒加工/右:深黒未加工 実際に水を垂らしてみた様子がこちら。深黒加工が施された生地では吸水されることなく、表面上で玉状になっているのがよく分かる。

3.地球環境にも優しい。
着物業界では、日本では使用が禁止されているアゾ染料が慣例的に使用されてきたが、京都紋付では不使用。幼児が口に入れても安全な染料を使っているため安心して着用でき、地球環境にも配慮されている。

以上が“黒より黒い”とも評される、究極の黒を生み出す秘密なのである。

着なくなってしまったアイテムを
染め替えて Before & After。

では、いよいよ我々が持ち込んだアイテムの Before & After をお披露目といこう。ちなみに染まりやすさを考慮し、素材はコットンなどの天然繊維に限定。今回はさらに汚れや褪色、日焼けなどでバッドコンディションのものを中心に集めた。さて黒のスペシャリスト・京都紋付が誇る深黒加工の実力やいかに!?

Case.01 サコッシュ

まずは手始めに小物から。コットン素材の「サコッシュ」は普段使いのアイテムだけあって、気がつけば汚れていたなんてよくある話。 気にしなければイイ話だが、生成色ということもあってかどうにも目立つので、染め替えてみよう。

耐久性を高めるためにナイロン混紡の糸を使っているのかステッチ部分が白く残ったが、これもアクセントと考えるならばアリ。プリント部分はうっすらと黒が乗ったため、グレーがかった色味となり全体的にモダンな印象となった。

Case.02 Tシャツ

どうやらプリント部分にも変化が見られることが分かった。続いてはデイリーウェアの定番「Tシャツ」だ。洗濯を繰り返すうちにプリント部分がヒビ割れ、全体的に生地もヤレ気味。ちょっと気分が変わればまた着られそうなのだが…。

ボディはしっかり黒く染まったが、やはり袖部分のステッチが白く残った。これはこれで 90 年代の香りがして今の気分にマッチする のでは?肝心のプリント部分だが、元々が濃色だったこともあり黒染しても全く気にならないレベル。

Case.03 スウェットシャツ

白や生成りは綺麗に染まることが分かったが、色物はどうだろうか。続いて挑戦するのは「スウェットシャツ」。油分を含んだ汚れが 付着したのか、フェードしたボディカラーも相まって結構目立つ。また清潔感を損なう色ムラも問題だ。

元々のボディカラーがあるからか、フラットな黒とは違ってユーズドに見られるスミ黒のような深みのある色合いに。こなれ感もある ので、このまますぐスタイリングに馴染んでくれそうだ。もちろん汚れ部分だって気にならない。

Case.04 シャツ(リネンシャツ/デニムシャツ)

春夏にベビーローテーションしがちな「リネンシャツ」。柔らかな質感と汗を吸いやすい生地の性質ゆえ、汚れや色褪せもつきもの。 いっそ染め替えてしまって気兼ねなく着倒したいところ。

結果的に先ほどの「スウェットシャツ」と同様に、うっすらベースカラーの残り香を感じさせる色合いに染まった。浮かび上がるステッチとのコントラストも生まれ、これはこれで雰囲気があって面白いのではないだろうか。

着込むほどにアジが出てきて表情豊かになっていく「デニムシャツ」。だが、一方では清潔感が失われていくというジレンマも。何より気になる襟裏の褪色&汚れが、染め替えでどのように変化するのか注目してもらいたい。

しっかりと着込んで色落ちしていたので、ベースカラーが影響することなく真っ黒に。そこにボタンやブランドタグがアクセントを添える。生地がよりしなやかになり、染め替えることでディテールが強調されている点も面白い。

Case.05 ミリタリージャケット

デッドストックに近い状態で見つけた「ミリタリージャケット」。だが長期間折りたたんで置かれていたためか、日焼けして変色して しまっているのが非常に残念。アジが出てからが真骨頂のアイテムとはいえ、さすがに街着は厳しそう。

黒染によって、ミリタリー特有の土臭さが薄れてアーバンな雰囲気。あれだけ致命的に変色していた日焼けだって、全く気づかないレ ベルに。この状態で店頭にあれば即完売間違いナシではないだろうか。

試しに水を垂らしてみたところ、しっかりと水を弾く抜群の撥水性が確認できた。これぞ、しっかりと深黒加工が施されている証左で ある。

Case.06 コート

汚れてしまうとなかなかリカバリーできないアウターの中でも、ベージュカラーの「コート」は最難関。付着してしまったコーヒー汚 れは通常の方法では落としづらく、こうなってしまっては捨てるしかない…が一縷の望みを託してみた。

汚れはどこに!? と我が目を疑うほどの隠蔽力により、若干野暮ったさのあったバルマカーンコートが、都会的でスタイリッシュな1 着に生まれ変わった。ちなみに脱着可能な裏地はナイロン素材だったので、そのまま染め残った。

Case.07 チノパンツ

ラストは「チノパンツ」。自転車に乗った際にチェーンで擦った汚れだろうか。デニムパンツやミリタリーパンツと違ってカーキ色は 汚れが目立ちやすく、トラッドな印象のあるボトムスの品格を損なわせる。だがコレも染め替えれば…。

意外に古着市場では見かけることの少ない、ブラックカラーのチノパンツが完成。ステッチに視線を集めることで裾の汚れを目立たな くすると同時に、汎用性も向上。これならトレンドを気にすることなく、長く活躍してくれよう。

このように黒染は衣服に付着した汚れや、着用と洗濯を繰り返すことで生じる褪色を隠してくれるだけでなく、スタイリッシュなイメージも付加してくれる。かつ実際に染め替えた服を手に取ってまず気付かされるのが風合いの変化だ。ソフトな肌触りでありながら撥水性・防汚性が備わり、より長い付き合いが可能に。さらに染め替えは、廃棄衣類の減少にも繋がるサステナブルな行為でもある。着なくなってクローゼットの奥底に眠っていたアイテムが、黒という新たな魅力を纏って生まれ変わるのである。

深黒加工の誕生により黒を究めた京都紋付。そのCEOを務める4代目の荒川徹氏に、和の伝統技術である黒染について。そしてSDGsに貢献するリウェアプロジェクト「K」がもたらす未来について伺った。

“黒染”はモノだけではなく
そこに紐付いた思い出をも蘇らせる。

―荒川染工場から株式会社京都紋付に生まれ変わったのが 1969年。当時と今を比べるとどのような状況でしょうか。

「急激な着物マーケットの縮小により、40年前は150社近くあった同業他社が 2020年の年末に14社に減り、そのうち11社 が組合から抜けて、現在はウチを含めて3社を残すのみ。そんななかでウチは国内外の有名アパレルブランドとコラボレーションを行うことで、黒染を広める独自のブランディングを行ってきました。『体を切ったら、黒い血が出てくるかもしれん』。これは私の父親である2代目が残した言葉なのですが、100年間以上にわたって黒染を生業とし、誰にも負けないという強い自負を如実に表していると言えます。そしてこの父の“京都で1番になりたい”という想いを形にして受け継ぎ、京都紋付の今がありま す」

―京都紋付と同業他社との 1番の違いは?

「黒の極めようとするなかで、我々が根幹に置いているのが“心・技・品質”。“心・技”とは、高い技術力と斬新なアイデアを持っ て黒を追求し、お客様の想いに応えるということ。そして“品質”において最重要となるのが、ヨソより黒く、紋付の下に着るお襦袢に色が移らないこと。もう一つは安心安全を担保する。これらを目標に掲げつつ“温故知新”をテーマに、日々の研鑽に励んでいます」

―なぜ人々は、黒という色に惹かれるのだと思いますか?

「谷崎潤一郎の随筆『陰影礼賛』にもあるように、古来生活と自然が一体化したなかで育まれてきた日本の美の感覚。中でも“光 と影”の影を表す黒は、我々日本人にとって特別なものとしてDNAに刷り込まれています。これは英語で黒を表す言葉がBLACKだけなのに対し、濡れ羽色や涅色、墨色など多彩な表現が存在することからも伺い知れますよね」

―染め替えをする理由としては、どういったものが多いのでしょうか?

「染め替えを注文されるお客様のコアターゲット層は30代男性ですが、染め替えする理由は人それぞれ。汚れや色褪せ、黄ば みといったフィジカル的な変化の他にも、飽きてしまったとか色が年齢的に似合わなくなったからというメンタル的な変化を理由に挙げる人もいます。どんなモノにだって、所有者の思い出が詰まっています。そういった捨てることのできないモノを黒染することで、また着られるようにする。要はモノだけではなく、そこに紐付いた思い出をも蘇らせるということです。これが染 め替えをする最大の意義でありメリットなのかなと、我々は考えています」

―京都紋付のSDGsへの取り組みについても教えてください。

「京都紋付が廃棄衣類を黒染で再生させる取り組みをスタートさせたのは、SDGsはおろかサステナブルという言葉も生まれて いなかった2013年。その後の2019年には、京都市がSDGs先進度調査で総合ランキング全国トップに輝き、持続可能な街作りを目指すようになります。これに呼応するように“衣類は再生可能である”と世の中に認知させるマーケット作りを始めました。これがリセールという事業形態でSDGsに取り組む〈2nd Street(セカンドストリート)〉さんと協業して立ち上げた、リウェアプロジェクト「K」という形で今も続いています。このプロジェクトは“価値のないものから価値を作り出し、無から有を生み出す”もの。世界的に衣類の過剰生産や廃棄が大きな問題となっている現在、その第一段階として“染め替えできる”という考えをアパレル業界に周知させるように動き出したところです」

―リウェアプロジェクト「K」は、我々に何をもたらすのでしょうか?

「次の段階として、黒染することを前提とした素材選びやデザインで衣類を作るという企画を提案しています。そして今後、染め替え可能なタグを世の中の色々な商品に付けて、染め替え可能という概念が世の中の常識になるように、世界へ広めていきた いとも考えています。新しいモノばかりを追い求めるのではなく、今ある資源を大切にして次の世代と繋げる。と同時に衰退し ていく黒紋付染の技術を現代に活かした形で、伝統産業を継承していくという重要な役割も担っています。黒染によるリウェアプロジェクト「K」が我々にもたらすのは、無限に広がる可能性を秘めた未来なのではないでしょうか」

【前編】序文において「不景気下ではベーシックで長く使えるようなモノが求められ、その代名詞が“黒”である」と述べた。何者にも染まらないがゆえ孤高の色とされる一方で、他のどの色にも負けない汎用性の高さを備えているがため、コンサバティブの象徴とも揶揄される黒。京都紋付が取り組む「K」プロジェクトはSDGsへの取り組みのなかで、この黒に“再生のキーカラー”という新たな価値を持たせた。

SDGsにいまだピンとこない人も多いだろうが、もっとカジュアルに“ファッションを楽しむにしても、せっかくなら地球環境や社会に優しい方がいい”と考えてみてはどうだろう。それに単純な話、日本古来の技法を進化させた黒染で染まったアイテムは“染める前よりもクール”なのだから、試してみる価値は十分にある。まずは下のリンクボタンを押してみよう。その踏み出した一歩が、希望に満ちた未来へと繋がることを信じて。

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