英国発〈ルイスレザー〉 ライダースジャケットが体現する“男の憧れ” vol.3
ならば問おう、“男の憧れ”の象徴たるアイテムとはなにか?
そして即断言しよう、それはライダースジャケット以外にないと。
前回は、まさに“タフネスを纏う”という言葉が相応しいアメリカ発の〈VANSON バンソン〉を紹介したが、今回は大西洋を越えてイギリスへと飛ぶ。かの国を代表するレザーウェアブランドにして、ライダースジャケットに魅せられた者ならば、誰しもが一度は袖を通すといわれる王道中の王道〈LEWIS LEATHERS ルイスレザー〉。その魅力に迫る。
ビスポークから始まったヒストリー
ロンドンの健康優良不良青年御用達。
老舗ブランドの歴史を紐解くと、意外な過去に驚かされることがままある。1892年、イギリス・ロンドンで創業された「D Lewis Shop D・ルイスショップ」にルーツを持つとされる〈LEWIS LEATHERS ルイスレザー〉もまた然り。当初は紳士服の製作販売を手掛けていたという。その後の第一次世界大戦下において、同社はパイロット用の防寒服の製作とともに、本格的にモーターサイクル用レーシングスーツの販売をスタート。第二次世界大戦下では、RAF(Royal Air Force=王立空軍、いわゆるイギリス空軍)にフライトジャケットを供給するまでに成長。同時にモーターサイクル・ウェアの製造も続けており、1930年〜1940年頃にモーターサイクル産業が急速に発展を遂げたことを受け、満を持してレザーライダースジャケットのオーダーを開始する。
第二次世界大戦の戦火が収まる頃には、ビスポークで鍛えたスタイリッシュなデザインと作りの良さ、そしてイギリス空軍も認める優れた保温性と耐久性が話題を呼び、口コミでファン急増。そして1950年代頃ともなると、レース界のワールドチャンピオンが着用していたことも大いに影響し、一説にはイギリスのバイカーのほとんどがルイスを愛用していたとも。だがこの当時は、あくまでバイカーのための機能服と認識されていたライダースジャケット。1953年、そこに大きな転機が訪れる。全米で公開された映画『The Wild One ※邦題:乱暴者(あばれもの)』にて、マーロン・ブランド演じる主人公・ジョニーが、ダブルのライダースジャケットにジーンズ&ブーツという、武骨なアウトローバイカースタイルを披露したのだ。これにより“ライダース=不良のアイテム”という図式が成立したことは、以前の記事でも紹介した通り。
…なのだが、英国では反社会的な内容から10年間上映が禁止されていたため、若者の多くが流入してくるポスターやブロマイドを頼りに、その着こなしに挑戦しようとしたのだが、同タイプのライダースは当時のイギリスには存在せず、若者たちは悔しさに咽び泣いた。そんな窮状を見かねたルイスレザーは、「Bronx ブロンクス」の名を冠した同タイプのライダースジャケットを世に送り出す。これが、かの地の健康優良不良青年たちに歓喜を持って迎え入れられた。以降も人気は衰えることなく、1960年代に入ると、ミュージシャンの愛好家が続々と現れ、ロックスターたちが着用したライダースを求める人々から、さらなるプロップスを獲得。そして今も一貫してロンドンのファクトリーでの生産にこだわり続け、イギリスを代表するバイカー御用達ブランドの座を確固たるものとしている。
「LIGHTNING ライトニング」
無駄を削ぎ落としたクールな外貌が
いつもココロ狂わせる。
さて、思いのほか長くなりすぎた歴史語りから一転。ここからは、ルイスレザーが誇る傑作モデルを順に見ていこう。
まず霹靂一閃、“稲妻”を意味するその名が体を表すかのように、アメリカものとは一線を画すスタイリッシュな外貌。そう、1958年に誕生したルイスレザーのアイコン的モデル「LIGHTNING ライトニング」である。ダブルプレステッドのフロントスタイルに走る計4つのジップポケットにはポールチェーンが揺れ、袖口のフィッティングを調整するジップも相まって、スリムなフォルムを構築。さらにロゴとウィングマークを刻んだオーバル型のレザーパッチも、ひと目でそれとわかるポイントだ。着脱時のアクセントとライディング時の防寒性確保を兼ねた、真紅のキルティングライナーと共に、鮮烈なインパクトを残す重要ディテールにて候。
裏地のチェックついでに、背タグにも注目。こちらにはレザーパッチと同じウィング型のロゴマークに加え、「AVIAKIT」の文字が記されている。これは先に述べたように第一次世界大戦時に、パイロット用の防寒服の製作を始めたことに由来する。航空を意味する「AVIATION」と装備の「KIT」を足して生まれた造語だが、これぞ虎に翼、いや鉄馬に翼。青銅ならぬ漆黒のクロスを纏えば、燃える心の小宇宙(コスモ)。
また、本モデルは多くのロックスターに愛されたことでも知られる。ザ・クラッシュのジョー・ストラマー、ポール・シムノン、ザ・ダムドのブライアン・ジョーンズ、セックス・ピストルズのジョニー・ロットン、スティーヴ・ジョーンズ、ザ・リバティーンズのカール・バラー…etc.枚挙にいとまがない。最初の1着に何を選び取るかは重要だが、その点、コイツを選んでおけば間違いない。
「CYCLONE サイクロン」
名作「ライトニング」と双璧を成し
ルイス旋風を巻き起こした1着。
いまだに本国イギリスでは、ルイスレザーのライダース史にその名を刻む、先駆者「ブロンクス」がバイカーを中心に人気を誇っているそうだが、ここ日本では先述の「ライトニング」と共に、「CYCLONE サイクロン」が双璧を成す形で君臨している。左身頃に傾斜した胸ポケットが1つ、腹部に横向きのポケットが左右に1つずつ。アジャスターベルトをウエスト部背面に逃がしているため、フロントスタイルはよりすっきりした印象。その洗練されたデザインから”完成されたバランス”とも讃えられる、ここで紹介するレッドをはじめ、ターコイズやグリーンなど鮮やかなカラーが揃うのも、ルイスレザーの特色。こちらもザ・クラッシュのミック・ジョーンズや、プリテンダーズのピート・ファーンドン、ジョニーサンダースなど、往年のロックスターたちのアイコンとなっており、近年ではアークティック・モンキーズのアレックス・ターナーらが着用したことで、若年層の新規ファン獲得にも繋がっている模様。
ちなみに「ライトニング」や「サイクロン」に代表されるイギリス仕様のライダースを、ここ日本では「ロンドンジャンパー」、略して「ロンジャン」と呼称されている。〈Schott ショット〉や〈VANSON バンソン〉などの「アメリカジャンパー」、略して「アメジャン」とデザインやフォルムが異なるのは、両国で乗られていたバイクの違いによるものというのは有名な話。ドッシリと座るような姿勢で乗るハーレーなどのアメリカンバイクには、ボックス型で着丈の短い「アメジャン」が有用。一方で空気抵抗を減らしスピードを上げるため前傾姿勢で乗る、カフェレーサータイプのバイクには、細身で着丈の長い「ロンジャン」がアジャストすると覚えておこう。
以前、特集した〈COMME des GARÇONS コム デ ギャルソン〉の川久保玲もまた、自身のブランドとコラボレーションするほどのファンにして、「ライトニング」の愛用者に名を連ねる1人。一方で「サイクロン」は、カリスマ・藤原ヒロシや〈UNDERCOVER アンダーカバー〉の“ジョニオ”こと高橋盾が愛用していることでも知られる。前者はモード、後者はストリートという住み分けが、なんとも興味深く、彼らが日本中にその魅力を広め、ルイスレザー旋風を巻き起こした張本人といっても過言ではない。そういえば「サイクロン」の登場は1973年。これは初代『仮面ライダー』の放送時期とも合致し、愛車の名前もサイクロン。これには彼の専属メカニック・立花藤兵衛もさすがに驚きを隠しきれないだろう。
(→〈COMME des GARCONS〉に関連する特集記事は、こちら)
(→〈UNDERCOVER〉に関連する特集記事は、こちら)
「DOMINATOR ドミネーター」
シングルゆえにシンプル
あの“パンクスの象徴”のオキニ。
「DOMINATOR ドミネーター」…未来からやって来た殺戮マシーンを想起させる響きだが、そうではない。かといってアニメ『PYCHO-PASS サイコパス』に登場する銃の話でもない。正解は、1962年頃にラインアップされた、ルイスレザーでは希少なシングル・ライダースの名前だ。誕生時期から推察するに、同じく英国生まれの名門モーターサイクル・メーカー〈Norton ノートン〉の同名バイクに由来すると思われる。ご覧のようにデザインは至ってシンプル。「サイクロン」同様に、バイク乗車時にジッパーでタンクを傷つけないようにガードするためのスナップボタンベルト以外の特徴といえば、使い勝手の良いポケットくらい。無口で不器用そうな顔をして、実は意外にも気遣い屋。こいつが人間ならば、信用に足る男であることは間違いない。
そんな同モデルの名を一躍有名にしたのが、セックス・ピストルズの二代目ベーシストにして“パンクスの象徴”たる、シド・ヴィシャスの存在。彼が同タイプを、スタッズやピンバッジでカスタムして愛用したことにより、日本ではドミネータータイプが、通称「シドジャン」とも呼ばれるように。ちなみに近年の研究では、彼が着ていたのはルイスレザーではなく、〈HIGHWAYMAN ハイウェイマン〉製だとする説が有力視されている。だが、どちらも同じ工場で製造されていたといわれているし、そもそもそんな些末なことを気にしないのがパンクスのアティテュード。それよりも“支配者”の名を持つライダースを、彼に憧れたアナーキストたちがこぞって着ていたというシニカルな事実こそ、記憶に留めておくべきトリビアかと。
ついでを重ねるならば、シドは〈ショット〉の「618」も気に入って着ていたことで知られている。こちらについては、以前の記事でも触れているので、併せてご一読頂きたい。
(→シド・ヴィシャスと〈Schott ショット〉に関連する特集記事は、こちら)
「SUPER MONZA スーパーモンザ」
ダブルプレスト&キルティングパッド
機能性に純化したレーサータイプ。
「アメジャン」もいいけど、「ロンジャン」もね。と次にピックアップするのが、ベースモデル「MONZA モンザ」を改良し、進化を端的に表す“スーパー”の文字を冠して1978年に登場した本モデル。この名を聞いて思い出されるのが、英字の綴りも同じイタリア北部の都市・モンツァ。F1イタリアGPが行われるサーキットを有する同地の名を戴くだけあって、マンダリンカラーにダブル仕様の前立てが、「ライトニング」や「サイクロン」とは違った精悍さを見せるレーサータイプだ。ダイヤモンドキルティングのショルダー&エルボーパッドなど、機能性に純化した本気仕様のディテールも、デザイン面では良きアクセント。着丈を延ばし身体に沿ったシルエットもまた、着用時の美しいプロポーションを描きだす重要なポイントに。
聡明なる諸君ならばもうお気付きのことだろうが、同ブランドでは、スタンドカラーをマンダリンカラーと呼称する。意味合いとしては、立ち幅が低めの立襟を指すので、両者ほぼ同義語。中国・清朝の官吏(マンダリン)が着ていた服装に由来するとのことだが、なぜこの名に固執するのか、両国の歴史的関係性にそのヒントが隠されている…気がするが、真相やいかに。
「SUPER PHANTOM
スーパーファントム」
俺ン中に眠る、少年ゴコロ目覚める
バックシャンなシングルモデル。
続くこちらも、“スーパー”の称号を名乗るレーサータイプ。ベースとなった「PHANTOM ファントム」の着丈を延長した、その名もズバリ「SUPER PHANTOM スーパーファントム」。脊髄反射的に少年ゴコロを刺激する良き名前を提げて、1975年にラインアップに仲間入り。パッと見は「スーパーモンザ」に酷似しているものの、無駄を削ぎ落とし、実用性とデザイン性を兼ね備えたセンタージップのシングルプレステッドとマンダリンカラーの組み合わせに、思わず“いらない何も捨ててしまおう”と言いたくなるようなスタイリッシュさを覚える。
フロントを縦一文字に貫くセンタージップと逆八の字型に配置されたジップポケットも印象的だが、ダイヤモンドキルティング加工が施されたエルボー&ショルダーパッド、そしてアジャスターベルトによる男前なバックスタイルも見逃せない。ちなみにモデル名は、このジャケットを纏った者の走りがあまりにも速すぎて、目に焼き付いた後ろ姿がまるで“幻影(PHANTOM)のようであった”ことに由縁する…のではないかと勝手に予想。随所から溢れ出るレーシーな雰囲気から察するに、少なくとも、もう1つの“見掛け倒し”という意味でないことは確かだろう。
「WESTERN JACKET
ウエスタンジャケット」
一言で表すならば、レザーGジャン
そう、それがイイんじゃん。
最後は、これまでとは趣の異なるジャケットを紹介させてもらいたい。モデル名は「WESTERN JACKET ウエスタンジャケット」。素材はもちろんレザーだが、見た目はいわゆる〈LEVI’S リーバイス〉の3rd TYPEのGジャンを彷彿とさせる。登場は1968年。カジュアルラインに属する同作は、伝説のモーターサイクルクラブ「59CLUB」が発行するマガジンにも掲載され、大いに注目を集めたという。“夏場のライディングにも最適で、色々なスタイルに合わせられる、スマートなジャケット”というのが、当時の売り文句だったそうだが、素材の特性を考えると果たしてそうなのか?と少々、疑問を感じざるを得ない。
3rd TYPEをサンプリングしているだけに、ベース型フラップポケットとV字型の切り替えによって立体感を生み出すフロントデザインが最大の特徴なのは、言うまでもない。他モデルとは一味違う、シックに黒光りするサテン地のライニングも、大人の雰囲気作りの一助となってくれよう。そういえば、前回取り上げたバンソンでも、生き別れになった双子の片割れかのように酷似したモデル「DJCB」が存在する。大西洋を越えて英・米がこうして繋がるとは、バイカー同士のシンクロニシティとは、かくも面白きものである。
レザーは着込むほどに、己の身体へと馴染んでいき愛着が増していく。表面の皺やキズは、ただの劣化やダメージにあらず。そのひとつひとつが歩んできた人生の轍であり、歴戦の勇士にのみ与えられる勲章である。これらを刻み付けていくからこそ、ライダースジャケットは一生モノとなるのだ。
序文において“男の憧れ”について触れたが、改めて気付かされたことがある。憧れとはガソリンなのだ。この揮発性の高い燃料は、物欲という名のエンジンを動かし、人生と呼ばれる長く過酷なレースを走りきる為に不可欠なエネルギー“夢や希望”を生み出す。先行き不透明な時代は、まだまだ続くようだ。だが、ライダースジャケットという頼れる相棒さえ傍にいてくれれば、どんな“未知”も恐れず走り続けていける。今一度ここに宣言する、俺たちに明日はある。