今、我々を奮い立たせるヘビーデューティー・アウトドア 〈エル・エル・ビーン〉 時代を超えた愛しさと、いなたさと、心強さと。【ギア編】
いまだCOVID-19の脅威は拭えず、海の向こうでは大戦の火種が飛び始めた。そんななか、ひとりの人間にできることは残念ながら多くない。であれば、少なくとも気持ちは優しくおおらかに。時を超えて愛される“いなたき”〈L.L.Bean エル・エル・ビーン〉のギアたちに、敬意と親しみを込めて。
紆余曲折のアメリカン・ドリームを
一足のハンティングブーツと歩み始める。
まずはいつものように、歴史の復習から始めよう。生誕は1912年。日本では明治から大正への移り変わりに当たる年に、アメリカ北東部のメイン州にて第一歩を踏み出した。生みの親はレオン・レオンウッド・ビーン。ハンティングガイドを務めていた青年は、自身のイニシャルをブランドに与えた。
こうして始まったエル・エル・ビーンの物語だが、実は誕生前夜にプロローグが描かれている。会社創設1年前の1911年、当時シューズショップを営んでいた兄の誘いに乗る形で、ビーンはラバー素材のボトムにレザーアッパーを縫い付けたハンティングブーツを開発。自らが親しむアウトドアフィールドでの知見を活かしたこの靴が、後の大傑作「Bean Boots ビーンブーツ」へとつながっていくのだ。
さて、めでたく会社を立ち上げたビーンは、同年に州外のスポーツ愛好家へ向けて4ページのパンフレットを郵送。ニューブランドの宣伝に励んだ。そのアピールは奏功し、100足のブーツを受注する。しかし、前年から試作を重ねていたはずのこの靴に、まさかの欠陥が見つかった。ボトムとアッパーが剥離するという、アウトドアブーツにあるまじき脆弱さを露呈したのだ。当然、消費者からは嵐のごとき返品が。100足のうち90足もが戻ってきたというのだから、惨状は推して知るべしである。
しかし、アウトドアマンたる創業者は不屈だった。まずはすべての返金に応じ、問題点と真摯に対峙。しっかりと改善を果たしたうえで初回より多くのパンフレットを送付し、汚名返上に努めた。結果、ブランドの信頼はV時回復。1917年に米国メイン州フリーポートのイン・ストリートに移転し、ブーツのみならずウェアやキャンピング用品、釣り具などアウトドアギア全般を扱うようになる。
その後、1921年には探検家アダム・ドナルド・マクミランが、ビーンブーツを履いて北極に遠征。同行した隊員たちからも好評を得た。賞賛の声は過酷な現場からだけでなく、アメリカ各地より届く。狩猟好きとしても知られる詩人アーネスト・ヘミングウェイがビーンブーツをハンティングパートナーとして推薦したのは、1928年のこと。さらには不況渦巻く1937年に年間売上100万ドルを達成するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いで発展を遂げるのだ。
ちなみに、ブーツの接着不良による1911年の“事件”を肝に命じてか、現在もエル・エル・ビーンには親切・丁寧な返品対応が根付いている。このことからも、ブランドが持つ優しき一面が垣間見えるだろう。
「Bean Boots ビーンブーツ」
画期的発明とも言うべき、魂の原点。
ここからは、数あるマスターピースの詳細に移る。まずは、先でも少し触れたブランドの礎たるビーンブーツについて。銘品ゆえに現在では丈や使用の違う数タイプがリリースされているが、やはり代表作は「Bean Boots 8in ビーンブーツ 8インチ」に違いない。
発表から110年が経過した今も、アメリカ・メイン州の自社工場で一足ずつ職人たちによって生み出される魂のハンティングブーツ。防水ラバー製のボトムと高品質なアメリカン・レザーからなる構造は、その組み合わせ自体が画期的な発明なのだ。
足首の上まで万全に警護するアイコニックなルックスからは、牧歌的温かみが漂う。ただし、見た目の“いなたさ”とは裏腹に、着用フィールドを選ばないハイスペックを備えるのは周知の事実。ラバーボトムには独特なパターンが刻まれ、グリップ力が向上。レザーアッパーはフルグレインで仕上げられ、ボトムとともに雨や雪に負けないたくましさを持つ。
足型はフィット感を重視し、森のぬかるんだ道を長時間歩いても快適性をキープ。土踏まず部分にはスチール製の補強材が当てられ、縫い合わせ部分は強固なトリプル・ステッチで補強される。フィンガーループを備えた後ろ姿の逆V字型パーツからも、比類なきタフネスを感じ取れるだろう。
なお、ブランド創設100周年となった2012年には思わず形で具現化された。なんと車体をラバーボトムのようにアレンジし、その上部にレザーアッパーを取り付けた“ブーツモービル”が発進。ブランドの寛容な精神がにじむ粋な遊び心で、リーマンショック後の世間を束の間楽しませたのだ。
数あるビーンブーツの中から、もうひとつ取り上げておきたいモデルがある。それがこの「Bean Boots Gumshoes ビーンブーツ ガムシュー」。タウンフレンドリーで着脱が容易なローカットは、使い勝手の良さでは“8インチ”以上の存在かもしれない。
ラバーやレザーといった素材など基本的要素はオリジナルと同様で、抜群の防水性も論なく担保。悪路での歩行をサポートするオリジナルのチェーンパターンをあしらったアウトソールも、頼もしいビーンブーツの血筋を示すに十分だ。
「Boat and Tote
ボート・アンド・トート」
必要十分な設計で、
トートバッグの金字塔に。
ハンティングフリークである創業者の実体験に基づいた、実用性に満ちたアイテム。ビーンブーツをそう定義すると、同じく実用的なこのバッグの姿が自然と頭に浮かぶはずだ。24オンスのキャンバスでできた、素朴なトートバッグ。今なお「Boat and Tote ボート・アンド・トート」の名で親しまれる記念碑的プロダクトは、「Bean’s Ice Carrier ビーンズ・アイス・キャリア」として1944年にデビューを飾った。
その原点は、文字通り“氷を携帯する”ための布袋である。電気冷蔵庫がなかった当時は、物を冷やす際にアイスチェストと呼ばれる氷入り木製ボックスが重宝された。ブランドのお膝元であるメイン州でも御多分に洩れず、冬に凍った湖で切り出した氷を貯氷庫で保存。夏の間は、それをアイスチェスト用の氷として小さく切り売りしていた。その氷を家まで運ぶためのギアこそ、ビーンズ・アイス・キャリアだった。
自立するほど厚いキャンバス素材はすこぶる丈夫で、溶ける氷が漏れ出さないよう底部は二重に補強。物を気兼ねなく放り込める大きなオープントップも、用途から導き出された最適解だ。内側を覗き込むと、キャンバス地の端であるセルビッジ部分が。ルックスだけでなく、頑強かつ無駄のない設計にも古き佳きアメリカが香る、タイムレスな名作と言えよう。
よりクラシカルなムードに浸るなら、往年のヴィンテージを探すのも一興だ。写真は、1980年代に作られたモデル。現行品とは違い、短い持ち手で一層キュートな印象を押し出している。サイドに入ったセルビッジや、通称「2トーンタグ」と呼ばれるブランドタグも当時の雰囲気をダイレクトに伝える要素だ。
丈夫さを売りにするシンプル構造だけに、時を経ても機能性は揺るがず。むしろ独特なオートミールカラーの表情は、使い込むほどにを増していく。そして同時に、この先の変わらない活躍を約束するのだ。
「Leather Handle
Katahdin Boat and Tote
レザー・ハンドル・
カタディン・ボート・アンド・トート」
特別なロゴに想いを込めて。
続いても、名作との誉れ高きトートバッグをご紹介。「Leather Handle Katahdin Boat and Tote レザー・ハンドル・カタディン・ボート・アンド・トート」は、前述のボート・アンド・トートの亜種とも形容すべき進化版だ。24オンスのキャンバス素材は不変ながら、大きく2つのポイントで様変わりした。
第一にはハンドルの素材を変え、クラス感のあるレザーを採用。デザイン的なアクセント効果に加えて、キャンバスとはまた異なる経年良化が期待できる。しっかりと握れる手馴染みの良さにも、根強いファンが多い。
もうひとつの見所が、フロントのタグだ。ボート・アンド・トートの内側に配されたそれとは一線を画すカラフルなあしらいは、「カタディンロゴ」と呼ばれるもの。1987年のブランド創業75周年を機に誕生し、創業の地にして自然豊かなメイン州にあるカタディン湖とカタディン山が描かれた。美しきアウトドアシーンを象徴する一方で、ブランドの輝かしき未来を願ったデザインとも言われ、自然と未来をともにするあり方が見事に表現されている。
「Grocery Tote
グローサリー・トート」
シンプルで潔き、
エコバッグの先駆け的存在。
前編のラストは、やはりトートバッグで締めくくりたい。ワントーンボディに、グリーンの刺しゅうロゴでひと味プラス。シンプルデザインの「Grocery Tote グローサリー・トート」は、生まれ持った使命もまたシンプルで納得のいくものだった。
グローサリーとはずばり、生活雑貨や日用品を意味。つまるところ今作は、買い物用のショッパーなのだ。缶詰や小麦粉、コーヒー豆など、なんでも気兼ねなく詰め込める大きなオープントップタイプで、内側にはポケットがない。ボート・アンド・トート同様の、この潔さが清々しい。
かたやボート・アンド・トートと大きく異なるのが、生地の薄さだ。こちらは本家の半分以下の重さである11オンスのキャンバス素材を使う。その恩恵として、手軽に折りたたんで持ち運ぶことが可能になった。まさしく現代のエコバッグのような感覚で、気持ちのいい日常使いを促進するカジュアルトート。自然とともに生きるアメリカの老舗アウトドアブランドは、未来の環境問題を予見していた……のかもしれない。
実用性に基づく機能性、日常に寄り添うデザイン。それらを過不足なく内包するエル・エル・ビーンの傑作たちは、今も静かにそばにいる。そして、地に足をつけることの大切さを教えてくれる。なんでもない毎日が、ずっと続きますように。そんな願いすら込められているような気がしてならない。
【ギア編】に続く次回では、これまた長く愛される定番ウェアをピックアップ。お見逃しなく。
(→【ウェア編】は、こちら)