“永遠のアメカジ”を知る〜ハズレなしのシャツ名鑑〜 ボタンダウンシャツの絶対定番ブランド御三家 編
といった文脈を踏まえれば、シャツは敬遠されがちだろうか。Tシャツやスウェットに比べてお行儀の良いルックスで、制服やスーツとの親和性の高さから“着せられる”印象を覚える人もいるだろう。それでも、今あえて断言したい。いいシャツは生活を豊かにすると。
洗い、乾かす。シワを伸ばし、袖を通す。襟を正し、自然と背筋が伸びる。丁寧な暮らしにも通じるその儀式は、単なる気楽さとは異なる気持ち良さを再認識させるはずだから。そしてその喜びは、便利すぎる現代だからこそ際立つ“永遠”なのだから。言わずもがな、シャツはレイヤー次第で主役も脇役も張れる。だが断じて、万能性だけが取り柄ではないのだ。
さて、それでは改めてシャツの世界にご案内しよう。前編でお送りするのは、「トラッド」「アイビー」などに欠かせないアメカジの看板「ボタンダウンシャツ」について。とりわけ“御三家”とも呼ぶべき大定番ブランドの名作を例に、その魅力を紐解いていきたい。
ボタンダウンが生む襟のロールで
シャツの醍醐味を満喫する
と、その前に。まずはボタンダウンシャツの定義について。とはいえ答えは単純明快、襟の形状が「ボタンダウンカラー」と呼ばれるシャツの総称である。ボタンダウンとは「ボタン留め」のこと。前身頃同様、襟もボタンで留める仕様が最大かつ唯一の特徴だ。ボタンダウン(Button Down)の頭文字をとり、B.D.シャツまたはB.D.だけで表記されることも多い。
なかでもアメトラの定番とされるのが、襟羽が緩やかな曲線を描くように留め付けされた「ロールドボタンダウン」と呼ばれるタイプ。襟羽にロールを付けず平面的に留める「フラットボタンダウン」、襟先が⻑めの「ハイロールドボタンダウン」といった派生系も見受けられるが、いずれにせよ襟元がシャツの印象を大きく左右することの証左だ。
襟先がボタンで留められているため、フロントの第一ボタンを外しても襟のロールを保ちやすく、シャツ本来の優雅さを損なわない点もボタンダウンシャツの優位性となる。襟のボタンは当然外して着てもOK で、タイドアップも可能。カジュアルだけでなく、一般的なビジネスシーンでも問題なく着用できる。
ただし、正装が相応しい冠婚葬祭や、重要な商談や会議などでの着用は避けた方がベター。細かいルールには肩が凝りそうだが、それを識ることも自らの視野と世界観を広げる一助となる。そのありがたみは、シャツがもたらす暮らしの喜びにも似る。のかもしれない。
「ボタンダウンシャツ」絶対定番ブランド御三家①−1
〈Brooks Brothers ブルックス ブラザーズ〉
“生みの親”による至極の純白シャツ
ここからは実際に、御三家のボタンダウンシャツをご覧いただこう。まずは“筆頭”の老舗ブランド〈Brooks Brothers ブルックス ブラザーズ〉から。何を隠そう、彼らこそがボタンダウンシャツの生みの親である。
1818年に創業したブルックス ブラザーズといえば、押しも押されもせぬアメカジの大家。アメリカで現存するアパレル会社としては最古の歴史を誇るが、その辺りの話は下記リンク先を参考にされたし。

あらゆるB.D.シャツの源流にあたるのが〈Brooks Brothers〉のポロカラーシャツ。USAメイドをタグでも証明。
ボタンダウンシャツが誕生したのは1896年のこと。創業者の孫にあたる当時の社長ジョン・E・ブルックスが、英国のポロ競技選手の着用するシャツにヒントを得て開発したものだという。ゆえにブルックス ブラザーズではボタン留めの襟を持つシャツをボタンダウンシャツではなく、今なお敢えて「ポロカラーシャツ」と呼んでいる。
なお、ポロカラーシャツは「ファッション史上最も模倣されたアイテム」としても有名。すなわち、ブルックス ブラザーズのポロカラーシャツこそボタンダウンシャツの元祖であり、ファッション史上に輝く記念碑的傑作なのだ。

8.6㎝の襟が美しいロールを描く。オックスフォード生地にもタイムレスな魅力が。
ディテールからして、完成度の高さは圧巻。ファン垂涎のメイド・イン・USAの白シャツで、その実力を再検証していきたい。襟は8.6cmとやや長めだが、これぞ揺るぎなき王者の真骨頂。余裕を持ってボタンで停めることで立体的なロールが生まれ、クラシカルな風格を匂わす。
ボディの生地にも王道の煌めきが。アメリカで育てられた超⻑綿のスーピマコットンを用いて、最上級のオックスフォードクロスを作成。しなやかでタフ、さらには通気性に優れ、シワもつきにくい。16世紀にはすでに開発されたという平織りの定番生地を、風合いと機能面でナチュラルにアップデート。“永遠のアメカジ”の土台として、これ以上ない存在といえよう。
背面のボックスプリーツやガントレットボタンがない剣ポロ、オーセンティックなディテールが光る。
シャツの着こなしは、風になびく後ろ姿でも語るもの。ブランド独自の表現は背面にも組み込まれている。背中のボックスプリーツはアイコニックなディテールのひとつで、さらに肩からヨークまでをやや狭めに設計。品行方正でいて、質実剛健。まさに大人の理想像を見る。

袖先には細やかなギャザーで飾られ、エレガンスを思慮深く匂わせる。
袖に目を伸ばせば、ガントレットボタンのないすっきりした作りも伝統的意匠。一方で袖先には細やかなギャザーを入れることで、上質さをあくまで控えめに仄めかすのだ。
あらゆる匙加減が秀逸な、永遠の絶対定番。それだけに、ブルックス ブラザーズのシャツにまつわる逸話は少なくない。かのポップアートの巨匠アンディ・ウォーホルは、広告制作で得た初任給で”No.10”と呼ばれる白いポロカラーシャツを購入したという。そしてその数は100枚に及んだとも。本物は本物を知る。その好例であろう。
(→〈Brooks Brothers〉のシャツをオンラインストアで探す)
「ボタンダウンシャツ」絶対定番ブランド御三家①−2
〈Brooks Brothers ブルックス ブラザーズ〉
6ボタンというファン垂涎の“オリジンフォルム”
続いても御三家筆頭のブルックス ブラザーズから。先に紹介したアイテムと同じくUSAメイドのポロカラーシャツだが、ホワイトではなく優しいイエローを纏った1枚だ。

6つボタン仕様の〈Brooks Brothers〉。なかでもMakersとタグに記載される1枚は、貴重な60年代のアメリカ製。
異なるのは色合いだけにあらず。よく見ればこちらはフロントボタンが6つ。現行のスタンダードよりもひとつ少ない6ボタン仕様は1990年代まで作られていたタイプで、より“オリジン”に近い形となっている。
というのも、通説によると本来は6つだったボタンが7つに増えたのは、1988年にブルックス ブラザースが英国の小売大手「マーク&スペンサー社」に買収されたのがきっかけだとか。そんな背景もあって、希少性は言わずもがな。見た目にも小さくない差が生じる。

襟のロール単体の美しさは7ボタン仕様と同様。胸ポケットにはユーズドならではの愛らしい刺繍がオン
襟そのものが描く優雅さにこそ優劣はないものの、第一ボタンを外した際の見え方に違いが。6つボタンのシャツは7つボタンに比べて1.5倍ほど衿元が大きく開き、首回りの窮屈さは皆無。よりリラックスした印象を強め、美しいロール加減にも直結する。

微差と侮ることなかれ。ボタン数がひとつ変わるだけで、襟元の印象はかなり変わってくる。
たかがディテール、されどディテール。神は細部に宿る。その真髄を知るフリークが6ボタンを求めるのは必然であり、その甲斐あってか今ではインラインでも6ボタンシャツが復刻されている。ただし、写真のモデルのような最高級のヴィンテージを求めるのであれば、やはりリユースショップでの発掘が近道と言えそうだ。
(→〈Brooks Brothers〉のシャツをオンラインストアで探す)
(→〈Brooks Brothers〉に関する特集記事はこちら)
「ボタンダウンシャツ」絶対定番ブランド御三家②
〈INDIVIDUALIZED SHIRTS インディビジュアライズドシャツ〉
随所に潜むアメリカンシャツテーラーの矜持
お次は、創業半世紀を優に超えるアメリカのシャツ専業ブランド〈INDIVIDUALIZED SHIRTS インディビジュアライズドシャツ〉を取り上げたい。一貫してUSAメイドにこだわるアメリカンシャツテイラーの守り手は信頼性が極めて高く、かつてはブルックス ブラザーズのカスタムシャツの生産を長く任されていたほど。
その“箔”は2003年にブルックス ブラザーズが買収されて残念ながら剥がれてしまったが、名声は今も変わらず。「バーグドルフグッドマン」「サックスフィフスアヴェニュー」ら、高級百貨店や紳士服専門店のカスタムオーダーシャツを手掛け続ける。カスタムメイドシャツ製造販売では、現在アメリカでのシェアナンバー1。歴代大統領やハリウッドスターなど、大物が名を連ねる顧客リストも栄華の象徴だ。

〈INDIVIDUALIZED SHIRTS〉のB.D.シャツは、肩の裁縫ステッチが見えない仕様に。
カスタムで培った伝統は、ファクトリーメイドのシャツにもしっかりと反映されている。特にファンから絶賛されるのが、ボタンダウンシャツのディテール。タイドアップ時の襟のロール、そしてタイを外した際の襟元の美しさから「ユニバーシティ ボタンダウン」と称されるそれは、台襟の高さや襟羽根サイズ、ボタン位置などすべてが絶妙なバランスで構築され、伝統的なアメリカンシャツを体現する。

小ぶりでキュートなBDゴルフカラーを採用。ブランド名は「たったひとりのためだけに存在するシャツ」を意味。
なお、写真のシャツは通常よりも襟が少々ラウンドした通称「BDゴルフカラー」仕様。絶妙なカーブが柔らかいイメージを与えつつ、ギンガムチェックの凛々しさに程よいヌケをもたらしてくれる。
その硬軟の塩梅は、すべてのパターン(型紙)をインチ寸法で作る実にアメリカらしい大らかなニュアンスにも似て。「一枚のシャツはパートナーであるお客様と共に創り上げるもの」。そんな企業哲学の通り、このシャツには豊かな“余白”があるのだ。
(→〈INDIVIDUALIZED SHIRTS〉のシャツをオンラインストアで探す)
(→〈INDIVIDUALIZED SHIRTS〉に関する特集記事はこちら)
「ボタンダウンシャツ」絶対定番ブランド御三家③−1
〈POLO RALPH LAUREN ポロラルフローレン〉
鮮やかな発色とポロポニーでシャツの可能性を広げる
御三家の最後列に控えるは、アメリカを代表する名門〈POLO RALPH LAUREN ポロラルフローレン〉だ。ラルフ・ローレンことラルフ・ルーベン・リフシッツ氏が1967年に立ち上げたメガブランドだが、驚くことに彼は専門教育を受けず独学で服飾デザインを研究。独立前はブルックス ブラザーズのセールスも経験したらしい。

ブランドの代表作ともいうべき〈POLO RALPH LAUREN〉のB.D.シャツ。襟は小振りながら確かに主張。
以降、ブランドのデビューイヤーを飾ったワイドな4インチ幅のネクタイやアイコンとして知られるポロシャツ、チノーズをはじめ、アメカジに欠かせない定番アイテムを数多く創出。ボダンダウンシャツも御多分に洩れず、トラディショナルなアメリカンスタイルの代弁者として人気を集めている。

ブランドタグの下にモデル名が記載され、左胸にはお馴染みのポロポニーが踊る。
美しい発色、胸元の丁寧なポロポニー刺繍に目を奪われる今作のモデル名は「YARMOUTH ヤ―マス」。実は1990年代頃までは型ごとにモデル名が定められており、それらは地名から取ったものだと噂されることも。その説を信じるならば、こちらはアメリカ・メイン州に程近いカナダの港町を由来とするのだろうか。
閑話休題。シルエットはややゆとりを持たせたリラックスフィットで、オックスフォード生地も相まってカジュアルな印象。とはいえ、小ぶりな襟元などからはドレスシャツ的気品も感じ取れる。つまり、合わせるアイテムや着用シーンを問わない1枚。ワードローブにあるだけで、心と行動に余裕を与えてくれるはず。
(→〈POLO RALPH LAUREN〉のシャツをオンラインストアで探す)
(→〈POLO RALPH LAUREN〉に関する特集記事はこちら)
「ボタンダウンシャツ」絶対定番ブランド御三家③−2
〈POLO RALPH LAUREN ポロラルフローレン〉
古き佳きマドラスにクレイジーなほどの偏愛を
より個性的な一枚を持って、ボタンダウンシャツ編の締め括りとしたい。ポロラルフローレンらしい色彩美ともリンクする鮮やかなマドラス。なかでも柄をパッチワークで表現した「クレイジーマドラス」が本稿最後の主役だ。

マドラス柄を不規則にパッチワークしたクレイジーパターンも〈POLO RALPH LAUREN〉の真骨頂。
インド東南部のマドラス地方(現・チェンナイ)を原産地とする平織綿布「マドラスチェック」は、1950年代後半から60年代前半にかけてアイビーリーガーたちの支持を獲得。彼らの自由を尊ぶ精神が、涼やかな多色使いの大格子柄に刺激されたことは想像に難くない。
ポロラルフローレンのそれはショーツやジャケットとしても登場するが、普段着にさらりと取り入れるならばシャツが最善手となるだろう。

タグにはMADE IN INDIAの表記が。襟元までパッチワークされた細かい作りは必見。
プレーンなコーディネイトに一枚取り入れるだけで、深く新鮮味ある装いに。メイド・イン・INDIAのタグ表記も物欲をくすぐる。
ちなみに、インポートセレクトショップが渋谷界隈に次々とオープンした1990年代においては、日本未入荷のポロラルフローレンのクレイジーマドラス、特にボタンダウンシャツが抜群の人気を誇ったそう。

オックスフォードか、マドラスクレイジーか。迷うくらいなら両買いして損なし!
当時を懐かしむ大人も、新時代を見据える若者も。無性に心踊るマドラスに、クレイジーなほどの愛を傾けてみては。
(→〈POLO RALPH LAUREN〉のシャツをオンラインストアで探す)
シャツのボタンを開く、もしくは閉める。それは大袈裟に言えば、快適至上主義のリアリストにとって異世界への扉の開閉と同義だ。ただし、そのドアは決して新しいものではない。先人の知恵が凝縮した、古き佳き扉。その手馴染みの良さは、一度味わえばクセになるはずだ。
と、小難しく語ってみたものの、シャツの気持ち良さは着てみないことには分からない。まずはトライ。着こなし方は自由。かしこまる必要はない。
次回は、よりタフなデニムシャツを紹介。履くデニムとはひと味違う、羽織るデニムの面白みに迫る。