ワールドクラス・ジャパン“セカイに誇るニッポンのモノ”〜〈ニードルズ〉編〜
今回は、そんな理想的スタンスを貫くジャパンブランドを取り上げよう。〈Needles ニードルズ〉。セカイに轟く高感度な針の一刺しは今、我々の感性を否応無く刺激する。
今なお語り継がれる
数多のレガシーを背景にして。
デザイナーの清水慶三がニードルズを立ち上げたのは、1995年のこと。それに先立ち、清水は1988年にセレクトショップ「NEPENTHES ネペンテス」を創業している。幼少期は野球小僧だったという男は、今や日本を代表する服飾界のゴッドファーザーとなったわけだが、その歩みから紐解いていきたい。
清水が服の魅力にのめり込むきっかけは、中学生時代に読んだ雑誌にあった。兄の机の上に置かれていた『MEN’S CLUB メンズクラブ』。誌面で鮮やかに展開されるアイビースタイルをはじめとしたファッションへの憧れは、高校生になって爆発する。その起爆剤も、1冊の本。現在も服好きの間で伝説と評される『Made in U.S.A catalog』が、少年の人生を決定づけた。
スポーツ、ワーク、アウトドア、音楽、旅etc. アメリカの豊かなライフスタイルを凝縮したバイブルに多大な影響を受けた清水は、高校卒業後に紆余曲折を経て「文化服装学園」へ入学する。そこでアメリカだけでなくヨーロッパプロダクトやモードへの造詣も深めていくのだが、その背景には当時のDCブランドブームがあった。
卒業後はインポート卸とショップ運営を手掛ける企業に就職し、1982年に転機が。自らの提案により、前述の『Made in U.S.A catalog』を具現化したようなショップ「Redwood」を開いたのだ。同店での清水のレガシーは数多い。〈RED WING レッドウィング〉や〈RUSSELL MOCCASIN ラッセルモカシン〉のブーツ、〈CHAMPION チャンピオン〉のリバースウィーブといった銘品を日本でいち早く認知させ、日本で初めてスニーカー(〈Reebok リーボック〉の「FREESTYLE フリースタイル」)を取り扱った。ちなみに、〈NIKE ナイキ〉が誇る稀代の名機「AIR JOURDAN 1 エアジョーダン 1」をスポーツ用品店以外で最初に売ったのも清水。その慧眼には、恐怖すら覚えるほどだ。
(→〈RED WING〉に関する特集記事は、こちら)
(→〈CHAMPION〉に関する特集記事は、こちら)
(→〈Reebok〉に関する特集記事は、こちら)
(→〈NIKE〉「AIR JORDAN 1」に関する特集記事は、こちらとこちら)
そして迎えた1988年。USインポートショップの可能性を広げ切った清水にとって、独立してネペンテスを立ち上げたのは自然な流れだったのだろう。独自の審美眼を武器に世界中へ買い付けに赴き、ショップ別注アイテムも製作するなど精力的に活動。並行してオリジナルアイテムも展開したが、’90年代に入るとUSAメイドの希少化も相まって独自性はより輪郭を濃くする。そうして辿り着いたのが、自分の中にあるものを日本で一から表現すること。清水のグローバルな足跡をバックボーンとし、どっしりと腰を添えて練られたデザイン。それを、世界でも最高レベルに位置する日本の素材と裁縫技術で表現する。これぞニードルズであり、ニードルズのアイテムが唯一無二である所以だ。
余談だが、「Redwood」時代の清水には自らの分身のような相棒、鈴木大器がいた。彼と、彼が作り出す〈ENGINEERED GARMENTS エンジニアードガーメンツ〉については、どこか別の機会で。
「Samue Jacket サムエジャケット」
オリエンタルとアメリカンワークの
融合。
さて、ここからはブランドの傑作を見ながらその本懐に迫って行く。ひとつ目は作務衣のようなユニークな前身頃が特徴の、その名も「Samue Jacket サムエジャケット」だ。禅僧の作業着をベースに置く1着には、実にニードルズらしいジャパニズムとアレンジセンスが潜む。
人気アイテムゆえにいくつかのバリエーションが存在するが、こちらはブラックデニムをファブリックに採用。ラグランスリーブに仕立てることで素材の持つワークテイストが増幅され、絶妙な塩梅の和洋折衷を具現化している。
前身頃の合わせは、スナップボタンで留める仕様に。ボタンカラーはデニム同様の黒で統一され、アーバンな印象を抱かせる。黒と対照的なホワイトステッチ、全体の印象を左右しない控えめなサイドポケットなど、ディテールワークの完成度も特筆だ。
首元のブランドタグにはニードルズの名を筆記体で記すが、「n」は針と糸によって表現される。針はブランドの名前そのものを意味するとともに、「Need-Less」を示唆。つまり、必要以上のものは何もいらないというメッセージが込められているのだ。
「Track Pant トラックパンツ」
ブランドを代表する
メガヒットアイコン。
スタンダードにしてアイコニック。清水自身「ジーンズに変わる定番パンツ」と位置付ける「Track Pant トラックパンツ」は、世界中から絶大な支持を得ている。たとえばBTSのメインボーカル、ジョングクがミュージックビデオ内で着こなし、ファッショニスタとしても知られる日本人俳優の滝藤憲一も愛用(滝藤は前出のエンジニアードガーメンツ好きでも有名)。シルエットやカラーの豊富さもあって、10本以上所有するコレクターも少なくない。
モデル名からもわかるように、由来はトラック(=陸上の走路)を走るジャージー素材のパンツ。古くは1980年代にRUN DMCが〈adidasアディダス〉製を身に着けたことでストリートでも人気を博したが、奇しくも当時の清水は自身のショップ「Redwood」にて「SUPER STAR スーパースター」とともに取り扱っていたそうだ。
今でこそニードルズの顔ともいうべきメガヒットアイテムとなったトラックパンツだが、ブランド発足当初は商品化の構想がなかったという。製作の契機となったのは、出張で訪れたバークレーの古着ショップで出会ったキッズ用トラックパンツ。アディダスのそれを真似したような“便乗品”に心動かされた清水は、そのある種ジャンクな匂いを残した大人用のパンツを作ろうと決心。結果、黒に紫のライン、バーガンディーに黄色のラインという2モデルが作られた。
現行のようなデザインに落ち着いたのは2008年頃。スポーティなサイドテープの脇には「パピヨン」が羽を広げるが、こちらはアディダスのトレフォイルのようなワンポイントをイメージして採用された。イメージソースは、清水が好んだ1973年製作の名作映画『パピヨン』である。しかしこのデザイン、リリース直後は意外にも不評だったとか。それでも清水は自らの信念を貫き、数年後には人気を獲得。今やニードルズの代表的モチーフとなった。
「MOHAIR CARDIGAN-CRAZY
モヘアカーディガンクレイジー」
上質な素材を個性的な柄が彩る。
清水自身が頻繁に着用するように、こちらも定番中の定番と言って差し支えないアイテム。アンゴラ山羊の上質な毛を贅沢に使った「MOHAIR CARDIGAN モヘアガーディガン」だ。毎シーズン新作が発表されるなか、2020年AWに登場した日本を代表するセレクトショップ「BEAMS ビームス別注の「MOHAIR CARDIGAN-CRAZY モヘアカーディガンクレイジー」は、希少性という点でもファンの心をくすぐる。
毛足が長いアンゴラの特性を活かし、まるで絹のような柔らかい肌触りと上品な光沢を備えたカーディガン。その全面に、過去リリースされたアーカイブの柄を大胆に取り入れた。左身頃のパピヨンに始まり、スター、チェッカーフラッグ、ゼブラ、アーガイルなどをクレイジーパターンで配置する。
アンティーク調の5つボタンを備えたオーソドックスなシルエットに、個性的な素材と柄をドッキングして中毒性のあるデザインを生み出す。まさしくニードルズ的な手法が光る怪作である。
「H.D. PANT-MILITARY
ヒザデルパンツ ミリタリー」
ヒザデル=膝出る。
中毒性たっぷりのファニーな味わい。
ウエストとダーツの処理により、膝を中心に大きく左右へ膨らんだ独特の形。すなわち、「膝が出る」シルエット。デザインからネーミングまで総じて個性的な「H.D. PANT ヒザデルパンツ」もまた、ニードルズの哲学を反映したワークパンツに挙げられる。
名作はその人気ゆえに、豊富なバリエーションが揃うのもうれしい。今回ご紹介のシンプルなチノーズを原型とする「H.D. PANT-MILITARY ヒザデルパンツ ミリタリー」、サイドポケットを備えてよりボリュームを増した「H.D. PANT-MILITARY-BDU」、フロントに大型のL字型パッチポケット、バックにフラップ&パッチポケットを装備した「H.D. PANT-FATIGUE」などがこれまでに登場している。
リラックス感のあるワイドシルエットともに心地良い着用感を支えるのが、ドローコードでウエストを絞るイージーな仕様だ。一見クセが強いパンツだが、一度履けばその万能性と快適性から虜になること必至。なお、トラックパンツ版の「H.D. TRACK PANT」も秀逸なので、気になる方はチェックされたし。
「MILES JACKET
マイルスジャケット」&
「SIDE TAB TROUSER
サイドタブトラウザー」
洒脱な“帝王”に敬意を表する、
クラシカルで上質なセットアップ。
お次はセットアップでのご紹介。着るだけで全身コーディネイトの大半が決まるセットアップの有用性は言うに及ばず、ニードルズのトラックパンツにもそれに対応するトラックジャケットが存在する。とはいえここでは、より上品に着こなせる組み合わせを提案しよう。
トップスは、「MILES JACKET マイルスジャケット」と呼ばれるもの。ジャズの帝王と謳われ、演奏だけでなく、ファッションへのこだわりも人並みはずれたマイルス・デイビスをイメージした、フロント1ボタンのシンプルデザインだ。とはいえパターンはユニークで、身頃と袖を一枚の布で構成。シームレスの作りが絶妙なシルエットを生む一方で、身体を優しく包み込むような格別の着心地につながっている。
ジャケットと共地のパンツ「SIDE TAB TROUSER サイドタブトラウザー」は、フレアシルエットで’70年代的な雰囲気を放出。ベルトループがなく、サイドアジャスターで調整するウエストの仕様からも、クラシカルを熟知するニードルズのエッセンスが漂う。
当然ながら、互いに存在感のある上下をセパレートして着回すのもアリ。様々な側面から見て利便性の極めて高いセットアップの魅力は、またいずれ深掘りしたい。
「7-Cuts Flannel Shirt
7カッツ フランネルシャツ」
2つとして同じものがない、
別ラインからの刺客。
異なるチェック柄をパッチワークで表現した賑やかなシャツ。実はこちら、正確には別ラインとなる〈REBUILD by NEEDLES リビルドバイニードルズ〉による1枚だ。2010年に始動したこのプロジェクトは、「過去に大量に作られたものの、今の時代に街で着る洋服としては存在しにくいもの」たちを、手の込んだテクニックで“再構築”することをモットーとする。
写真のモデルは、「7-Cuts Flannel Shirt 7カッツ フランネルシャツ」。チェック柄をプリントしたネルシャツ7枚を厳選し、それぞれを裁断したのちにあえてランダムにツギハギした。ゆえに1枚ずつ仕上がりが微かに異なり、まったく同じデザインは存在しない。
なお、同ライン誕生の背景としては、清水が出張で訪れた世界各地のサープラスストアがある模様。少々くたびれたような質感など味のあるユーズドテイストにも、その面影が感じられる。
PAPILLON GLASSES-SAMUEL
パピヨングラス-サミュエル」
デザインと品質で
世界水準を飛び越える、
大人のアイウェア。
最後は再びニードルズ本線より、アイウェアをご覧いただこう。ブロウタイプの「PAPILLON GLASSES-SAMUEL パピヨングラス-サミュエル」に代表されるように、古き佳きを知るデザイナーらしいクラシカルな佇まいが実に多くのファンを獲得。服好きかつ名バイプレーヤーとして名高い光石 研は、ストックを含めて4本も所有するそうだ。
デザイン性だけでなく、品質の高さも高評価のポイントに。世界的なメガネ生産地である福井県・鯖江市で、熟練の職人が1本ずつ丁寧に仕上げ。ブリッジの繊細な細工、レンズ両脇のヨロイと呼ばれる部分に配されたパピヨンからも、日本の匠の技が伝わる。
ディテールに目を向ければ、レンズ全体をアップダウンできる“跳ね上げ式”ギミックも面白い。手元を見る際にレンズを上げられるので、老眼に悩む人にも安心。その意味ではやはり、いい大人に寄り添うブランドらしい心配りと言えようか。
グローバルでローカル、普遍的で個性的。いわゆる両極にあるとされる価値観を、ニードルズの鋭い針先は細やかに結いつけていく。毒っ気とともにどこか温もりを感じるデザインも、シビアな環境が取り巻く現代において特別な意味を持つかもしれない。
誕生から4半世紀が経ち、ますます壮ん。セカイに誇るべきニッポンのブランド、ニードルズ。その服をリユースマーケットでも気軽に手に取り、身に着けられることは、この小さな国に生まれた幸せのひとつの形でもあるのだ。