〈パラブーツ〉世紀の革靴革命は、“フランス発祥・ブラジル経由”で。【前編】

変わるもの、変わらないもの。その二極化はいつの時代も存在するが、近頃は特にスピーディなジャッジが下されるように感じる。価値観の多様化による影響か、それともニューノーマルの産物か。盛者必衰のスパンは短くなり、不要とあらば即座に切り捨てられる。モノであろうと、人であろうと。

だからこそ我々は今、普遍的価値を持つヘビーデューティなモノにいっそう心を動かされるのかもしれない。これより2回にわたってご紹介するのは、タイムレスな革靴。なかでも、とりわけ快適な履き心地で知られる〈Paraboot パラブーツ〉が今回の主人公だ。

質実剛健にしてエレガントなビジュアルも相まり、街での着用率が高い名門。彼らの歩みは革靴業界にまさしく変革を起こしたのだが、まずはそのあたりの歴史から踏み込んでいこう。

旅先でヒントを得た特許技術を駆使し、
世界唯一の地位を確立。

誇り高き第一歩を刻んだのは、フランス南西部のイゾーで生を受けた農家の倅だった。男の名は、レミー・リシャール・ボンヴェール。1878年に生まれ、のちに革の裁断を生業としたレミーに最初の転機が訪れたのは1908年のこと。当時、イゾーに集まっていたアルピニストや軍関係者に向けて、オリジナルシューズを作る工房を立ち上げたのだ。

一世一代のプロジェクトは見事に大成功を収め、労働者のみならず企業経営者などの上流階級にも顧客の層を広げた。その波に乗るように、1910年に結婚。そして、リシャール ポンヴェール社を設立。裕福な家庭に育った妻ジュリエッタの協力もあり、事業は次第に拡大する。1920年には山岳労働者労働者をターゲットとしたレースアップブーツ「Galibier ガリビエ」を発売するなど、確かなモノづくりの基盤を固めた。

レミーはまた、旅を好んだという。1926年になると、英語が一切喋れないままアメリカへと渡ってトレードショーを開催。その際に現地で出会ったラバーブーツに感銘を受けた彼は、翌年の帰国後にある試みを始める。それまで一般的だった、履き心地が悪くて劣化速度も早いレザーソールに代わり、ラバーソールの実用化を模索。その実現のため、ブルジルのPARA(パラ)港からアマゾン産の天然ゴムラテックスを輸入することとなった。そう、この港の名にちなんでつけられたブランドこそ〈Paraboot パラブーツ〉なのである。

ブランド名を記したタグ。名前の「Para」は、天然ゴムラテックスが輸出されるブラジルの港に由来する。

ただしゴム製ブーツの開発に関しては、アメリカだけでなくヨーロッパにおいても先駆者がいた。フランスでは1853年に〈AIGLE エーグル〉の祖先であるラバーブーツ工場が誕生している。ではなぜ、パラブーツが革靴革命の主人公となりえたのか。

その大きな理由は、天然ゴムラテックスを原料としたゴム合成法の開発にある。高い品質と効率を両立させた独自の手法は、のちに特許を取得。その結果、自社でレザーのアッパーからゴム製ソールまでを一貫製造する、世界唯一のシューズブランドとなったのだ。

ソールの製造工程は多岐に渡り、まずはローラーで均等に練られたゴムを棒状に伸ばし、一足分ずつカッティング。その後、ソールの種類ごとに細かく調整しながら、260℃の高熱と200tの圧力を加えて焼いていくという、実に手間のかかるものだ。にも関わらず、人件費の低い国外ではなく、今もフランス国内の熟練の職人によって作られる。そんな、あえて“変わらない”ことを選ぶ気高さもまた、我々を虜にする理由となる。

(→〈AIGLE エーグル〉に関する他の特集記事は、こちら

「MORZINE モジーン」
&「MICHAEL ミカエル」
現代に生きるチロリアンシューズ。

ここからは、ラバーソールの革命児が残す数々の軌跡をご覧いただこう。ブランド初期の傑作としては「MICHAEL ミカエル」が有名だが、それ以前にリリースされたクラシックモデルから話を進めたい。チロリアンシューズに範をとり、建設労働者や測量士といった技術者用に作られた「MORZINE モジーン」だ。

ブランド最初期の名作「MORZINE モジーン」。チロリアンシューズらしい装飾がアイコンに。

ヒールのダブルステッチとトゥの被せモカが、アルプスの伝統と堅牢製を物語る。

1937年に生まれた今作は、同年に会社を継いだレミーの息子ジュリアン・リシャール・ポンヴェールによるもの。当時のヨーロッパでは紛争が頻発し、物資不足に陥っていた。そのため、製造しやすく安価な靴のニーズが拡大。それでもジュリアンは昔ながらの伝統的な製法にこだわり、モジーンには「ノルヴェイジャン製法」が採用された。

ウェルトと呼ばれる細い帯状の革を靴の周囲にあてがい、アッパーとインソール、ミッドソール、アウトソールを縫い上げていくこの製法は、パラブーツの代名詞としても語られることもしばしば。優れた堅牢性と歩行性に直結する、ブランドらしさの一旦を担うディテールだ。モジーンをブラッシュアップさせたミカエルにも、当然ながらこのやり方が踏襲される。

大定番の「MICHAEL ミカエル」。モジーンをブラッシュアップし、シンプルデザインに昇華。

それではお待ちかね、ミカエルについて説明していきたい。ブランドの誇る大ヒット作は、1945年に生まれた。大天使の祝福を匂わせるネーミングは、ジュリアンの息子であり創業者レミーの孫にあたるミッシェルの誕生にちなんだもの。言わずもがな、ミカエルはミッシェルのラテン語読みだ。

手間のかかるノルヴェイジャン製法にて作製。タフネスだけでなく、武骨な表情も魅力だ。

モジーンと同様にチロリアンシューズをデザインモチーフとするが、装飾要素は控えめ。無駄のないミニマルデザインは、ドレス的印象も醸し出す。ゆえに使い勝手がすこぶる良好で、発表から75年が過ぎた現在のストリートでも多様なスタイルを下支えしている。

すっきりとしたヒールとモカのデザイン。モジーンとの差異が如実に表れる。

ソールには、ヒールと一体化した「MARCHE II SOLE マルシェII ソール」を装備。1950年代に使われていた「MARCHE SOLE マルシェ ソール」の進化版で、山岳地方の厳しい自然環境にも耐えるスペックを持ち味とする。未舗装の路面にも強く、履き心地は抜群。大傑作の所以は、随所に宿るのだ。

「MARCHE II SOLE マルシェII ソール」が、優れたグリップと履き心地を約束。

アッパーの素材もまた、マスターピースを構成する一因である。それが「リスレザー」と呼ばれるスムースレザーだ。正確には「Lisse Waxy Leather」と表記され、「lisse」はフランス語で「なめらか」を意味。通常のレザーより多くのオイルが染み込んでいるため、格別の撥水性を発揮する。雨にも負けないこの革は、経年とともに白い粉で覆われるのも特徴的。これは「ブルーム」という油分が表面に噴出したもので、拭き取ればまた本来の輝きを取り戻す。決してカビではないので、心配無用だ。

そんな名物マテリアルが存在感を放つ一方、ミカエルには廃盤となった今も語り継がれるカルト的人気作が存在する。

アザラシの皮を使う「MICHAEL PHOQUE ミカエルフォック」。現在は廃盤となっている。

それがこちらの、「MICHAEL PHOQUE ミカエルフォック」。「フォック」とはフランス語で「海豹 アザラシ」のこと。ずばり、甲部分にアザラシの革を使った怪作だ。しかし前述のように、2010年にEUがアザラシ関連製品の輸入禁止に踏み切ったため生産が終了した。

希少な革の持つ保温性と独特なルックスは、冬の装いを盛り上げてくれること請け合い。

なお、フォックモデルについてはとある噂が付いて回る。それは、世界的ラグジュアリーブランドである〈HERMÈS エルメス〉からの依頼によって作られたというもの。そもそもミカエルの誕生自体がエルメスの別注をルーツとするとも言われているが、真相ははっきりとしない。

いずれにせよ、ミカエルフォックは幻の逸品。再販の予定もないようだ。どうしても手に入れたい場合は、リユースマーケットでの調査をお勧めする。幸いにもジャストサイズが見つかったなら、迷っている暇などないのだ。

(→〈HERMÈS エルメス〉に関する別の特集記事は、こちら

「CHAMBORD シャンボード」
ルックスも機能も隙がない、
完全無欠のUチップ。

続いて紐解くのは、ミカエルに並ぶロングセラー。既存のUチップモデルのアップデート版として1987年に登場した「CHAMBORD シャンボード」にスポットを当てる。ビジネスからカジュアルまで守備範囲が広く、さらには丈夫で履き心地がいい。まさに無敵の名作といえよう。

ミカエルと並んで、抜群の知名度を誇る「CHAMBORD シャンボード」。

Uチップの根幹をなすアッパーつま先部分のUの字には、「拝みモカ」と称されるディテールを搭載。つまんで縫い合わせたモカが、独特な丸みを帯びたフォルムと美しく調和する。お家芸たるノルヴェイジャン製法も健在だ。

特徴的なUチップを、つまんで抜いわせた拝みモカが彩る。

かたや、ソールにはミカエルやモジーンとは異なる「PARA-TEX SOLE パラテックソール」が使われる。空気を閉じ込めるフィンを内包してクッション性を向上させる点は他のパラブーツ製ソールと同様だが、こちらはソールとヒールがセパレートされたタイプ。硬い石畳やアスファルトを歩行する際、もっとも摩耗しやすいヒールだけを交換できるように、という現代的な配慮が潜んでいる。

ヒール部が別れた構造の「PARA-TEX SOLE パラテックソール」。前方には、社名「RICHARD PONTVERT リシャール・ポンヴェール」の頭文字を示す「RP」があしらわれる。

ちなみにモデル名は、フランスのロワール渓谷に位置するシャンボール、またはその場に立つシャンボール城に由来するとのこと(CHANBORDをフランス語で読むとシャンボールとなる)。この城を建てたフランソワ1世は狩猟好きで知られ、この靴も狩猟用に作られたとされるだけに、一定の信憑製はありそうだ。

「AVIGNON アヴィニョン」
気品あるUチップの評価は、
本国ではシャンボード超え!?

パラブーツのUチップは、なにもシャンボードだけにあらず。よりドレッシーな一足をお求めであれば、この「AVIGNON アヴィニョン」が最適解となるだろう。低めの甲と長めのノーズが、シャンボードよりもすっきりとした顔立ちを生んでいる。

低い甲と長いノーズの効果で、品良く見える「AVIGNON アヴィニョン」。

モカにも違いが表れており、こちらはアッパー前方の革、いわゆるヴァンプ(つま革)を側面の革の上に乗せて縫った「乗せモカ」タイプに。フラットな縫い目からは独特なエレガンスが漂い、普段からジャケット着用率の高い本国フランスではシャンボードを超える支持率を獲得するそうだ。

シンプルながら見どころは十分で、トゥには乗せモカ、ヒールにはさりげない切り替えデザインが。

シンプルなデザインながらディテールには趣向が凝らされ、履き口も見どころのひとつ。空軍のパラシュートブーツをモチーフにして、さりげない切り替えをあしらった。製法は言うに及ばず、安心のノルヴェイジャン製法である。

シャンボード(左)と比べると、随所に絶妙な差が。ソールには薄型の「GRIFF II SOLE グリフ II ソール」を採用。

そしてソールはというと、セパレートではなくヒール一体型。ただしミカエルのマルシェ II ソールとは別の、「GRIFF II SOLE グリフ II ソール」なる代物が抜擢されている。気品あるアッパーデザインにフィットするよう薄めに設計されたソールは、接地面の波状パターンによりグリップ力も上々。柔らかい履き心地も特筆で、長時間の歩行も苦にならない。

「WILLIAM ウィリアム」
数多の魅力を備えた、
至高のダブルモンク。

前編のラストは、こんなドレスシューズ然としたタイプで締めくくりたい。ダブルモンクストラップを備えた「WILLIAM ウィリアム」は、実はネーミングにロマンを秘めている。だがその前に、モンクシューズについての小話にお付き合い願おう。

ダブルモンク「WILLIAM ウィリアム」は、ジョンロブ製の名品をルーツに持つ。

ヨーロッパの修道士「monk モンク」を名に冠するとおり、彼らの履いていた尾錠付きの靴がモンクシューズの源流とされる。ただし、それはシングルモンクの場合。ウィリアムのようなダブルモンクは、また違った出自を持っている。

ずばりダブルモンクの元祖は、世界最高峰のシューズブランド〈JOHN LOBB ジョンロブ〉によって作られた。稀代の洒落者であるウィンザー公爵(英国王エドワード8世)のオーダーを受け、ジョンロブの2代目責任者であるウィリアム・ロブがビスポーク。そのヒントとなったのは、モンクではなく当時の飛行士が履いた「アビエーターブーツ」だったという。

そして後年、このオーダーシューズを基にした既製履が発表される。モデル名は「WILLIAM ウィリアム」。それは製作者ウィリアム・ロブのファーストネームであり、すべてのダブルモンクはウィリアムに通じる。

シングルモンクとは違い、このストラップはアビエーターブーツからヒントを得たもの。

すでにお分かりだろうか。パラブーツ製のウィリアム、ジョンロブ製のウィリアム。両者の名前が同一なのは、決して偶然ではない。というのも、かつてジョンロブが展開したカジュアルコレクション「CORTAGE LINE コテージライン」には、ウィリアムのアウトドア版が存在。その製造を担当していたのが、リシャール・ポンヴェール社なのである。

その絆の物語には、まだ続きがある。コテージラインは、のちに惜しまれつつも終了。必然的に、“初代”ウィリアムの生産も止まった。しかし、顧客からの強い要望、特に大きな声をあげた日本のファンの期待に応える形で、「パラブーツ青山店」の開店記念アイテムとして復活を果たすのだ。それが2001年、“2代目”ウィリアム誕生の瞬間だ。特殊な宿命を帯びた2代目は、当時アッパー素材に使用していた型押しレザーの入手が困難となり、2003年に一度は生産終了に。それでも2010年にマイナーチェンジを加え、めでたくリバイブを遂げて今に至る。

王室が唸る品格、ミリタリー由来のタフネス、さらには紆余曲折の背景を同時に持ち合わせる。だからこそウィリアムには、唯一無二の価値があるのだ。

変わるもの、変わらないもの。そして、その狭間で新しい価値を見出すもの。時代を超え、今も続くパラブーツの物語。フランスの農園から始まった旅路は、アメリカ、ブラジル、英国、日本などそれこそ世界中を中継し、いまだ終着を見ない。

続く【後編】では、また別の傑作が並ぶ。ぜひご一読を。

(→【後編】につづく

ONLINE STORE
掲載商品は、代表的な商品例です。入れ違いにより販売が終了している場合があります。