FASHION

〈パラブーツ〉“普遍性と可変性のあいだ”に生まれるクリエイティビティ。【後編】

1908年に、レミー・リシャール・ポンヴェールが興した靴工房から始まり、いまも世界中の靴好き、ファッショニスタたちから熱烈な支持を集め続ける〈Paraboot パラブーツ〉。変わるもの、変わらないもの。そして、その狭間で新しい価値を見出すものという目線から、時代を超えて続くブランドヒストリーを、代表的モデルとともに綴った【前編】に続き、新たな年の幕開けとなる今回は【後編】をお届けする。

これからさらに寒さが増しゆく冬の時季にこそ真価を発揮するブーツから、陽光降り注ぐ生命のシーズン・春夏に活躍する定番シューズ&サンダルまで、さても懐深きパラブーツの世界。一歩足を踏み入れたが最後、貴方はフランス生まれの“タイムレスな革靴”のトリコにならざるを得ない……。

「AVORIAZ アヴォリアーズ」
アルプス生まれ・
タウン育ちのゴツいヤツ。

【前編】ではローカットの革靴にフォーカスを当てたが、ブーツにも名作が存在することをご存知か。重厚感漂う佇まいの「AVORIAZ アヴォリアーズ」が、まさにそれだ。トレッキングブーツ然としたルックスは、出自が【前編】でも少し触れた、山岳労働者労働者をターゲットとした同名レースアップブーツに端を発する登山靴ブランド〈Garivier ガリビエ〉ゆえ。ブランド名はツール・ド・フランスの難所として知られる標高2642mのガリビエ峠に由来し、著名な登山家や山岳ガイドに愛用され、アルプス界隈の登山学校では指定シューズにもなっていたというから、プロも認める本物中の本物だったわけだ。

「AVORIAZ アヴォリアーズ」はルーツを同じくする登山靴ブランド、ガリビエ生まれパラブーツ育ち。

さて、ガリビエはその後の1960年代にアウトドア向けのブランドとして再興するわけだが、本モデルの誕生はずっと後の1992年。日本ではセレクトショップなどでも取り扱われ、ヨーロピアンスタイルのアウトドアブーツとしてブレイクを果たし、1998年冬に開催された長野オリンピックでは、フランス選手団の足元に公式採用されたことでも注目を浴びた。

そんな名作も時代の流れか、ガリビエでは惜しまれつつも廃盤に。だがファンたちの熱いラブコールに応えて2007年にパラブーツ名義で復活。その際に定番モデル「CHAMBORD シャンボード」と同様のシャモニーラストを採用。いささか無骨すぎる感のあるザ・登山靴顔も細身で美しいシルエットに生まれ変わり、タウンユースにも対応する洒脱さを獲得。とはいえ、アッパーの重なり合った羽根部分で水や小石の進入を防ぐ本格的な作りはいまなお健在で、旧来のファンをも納得させるクリエイティビティ。

水や小石などが侵入するのを防ぐシュータンの仕様。登山靴らしい本格的な作りはデザインアクセントにも。

もちろん、ウェルトと呼ばれる細い帯状の革を靴の周囲にあてがい、アッパーとインソール、ミッドソール、アウトソールを縫い上げていく「ノルヴェイジャン製法」も定石通り。優れた堅牢性と歩行性を担保しつつ、ガリビエ時代からの登山用定番ソールをベースとした「JANNU SOLE ジャンヌソール」を装着。岩場も物ともしないラギッドなパターンを、タウンユース向けに柔らかく屈曲性に優れた仕様へとチューニングがなされている。かくして1つ1つの変化の積み重ねにより生み出された“変わるものと変わらないものの狭間で、新たな価値を見出した1足”。それがアヴォリアーズである。

見た目こそラギッドなジャンヌソールだが、実は柔らかく、よく曲がるので街履きとしては最適。

「ELEVAGE エレベージ」
頑丈、水に強い、蒸れにくいと
三拍子揃ったサイドゴア。

トレッキングブーツの重厚感も捨てがたいが、着用するシチュエーションを考慮するならば、こんなエレガントなサイドゴアタイプはいかがだろうか。畜産や牧場を意味する「ELEVAGE エレベージ」というモデル名が示す通り、元来は乗馬競技用。頑丈、水に強い、足が蒸れないという3つの性能に特化し、動きの激しい競技中でもしっかりと足を守り、サポートする堅牢性と、荒れがちなパドックでの歩行時も安心のグリップ性と耐水性に関しては折り紙付き。当然これらが、潤沢な量のワックスを染み込ませてマットな質感に仕上げたリスレザーと、ノルヴェイジャン製法で装着されたマルシェII ソールの功績であることは間違いない。

乗馬競技用に誕生した「ELEVAGE エレベージ」。品格と機能性を両立させたグッドルッキンブーツ。

さらに外貌そっくりの「MANAGE マネージ」というモデルもあるが、両者を分かつ一番の違いはラスト。エレベージの方が丸みとボリュームを備え、今日的なフォルムと言える。対するマネージはトゥにすっきりドレス感をたたえ、クラシカルなフォルム。並べて見ないと分からない微差だからこそ、こだわりが光るポイント。パラブーツ付き(好き?)を気取るなら知っておきたい豆知識だ。

それはさておき、エレガントなルックスとサイドゴアゆえの足入れのイージーさも加わり、悪天候時も含めタウンユースでも活躍してくれることは疑いようのない事実。ちなみにエレベージには、醗酵後のワインを木樽に入れて熟成させるという意味もある。水を弾きつつも経年変化を楽しむことができるという、育て甲斐のある一足に、これほどフィットする名前はそうないだろう。

伸縮するサイドのゴム部分と前後に配されたタブのおかげで、脱ぎ履き簡単なサイドゴアタイプ。

「SANGLIER サングリア」
機能性とデザインのマリアージュが
味わえるジビエなブーツ。

続いては、もう1段階ギア比を上げて、ブーツラインナップの中でも一際異彩を放つレアなモデルを。パラブーツが、パリの「レ・アール」と呼ばれる中央市場の目の前に出店した際に誕生。マイナス20°Cにまでなる極寒の生鮮食料品用冷蔵庫の中で働くワーカーのためにと作られた防寒ブーツがこちら。よってブーツ内側にはリアルムートンが張り巡らされ、抜群の保温性を誇る。

一見、バイク用と思いきや、極寒の生鮮食糧品用冷蔵庫で働くワーカー御用達の「SANGLIER サングリア」。

またアッパーは、凍結にも強いという川魚の鱒(マス)由来のオイルを含ませているという「Hydra Leather ハイドラレザー」。分厚くタフな革質で、雨や雪にも耐え宮澤賢治も驚くタフネスを発揮。さらにお馴染みのノルヴェイジャン製法で縫い付けられたソールは、未舗装の路面にも強く、履き心地抜群のマルシェII ソールと抜かりなし。加えて、防水性の高い縫い目にも松ヤニを流し込んでコーキングする徹底ぶり。しかも、デザイン的特徴にもなっているふくらはぎ部分のダブルストラップは、マチ付きで調整幅も広く、厚みのある防寒用のオーバーパンツであっても難なくブーツインを叶える。

シャフト部の内側にはびっしりムートン。サイズ調整のためのダブルストラッブは、デザイン的視覚効果も高い。

イノシシを意味する名前の通り、本モデルは冬場が旬。ワイルドな見た目だが、丁寧な下処理が施されているためか変なクセもなく合わせやすい。無論、これらは肉の味ではなく“履き”味のことなのでお間違えなく。極寒の地や積雪の多い地域はもちろん、人とは違ったスタイルがお好みな方にぜひお試しいただきたい。ただ、そもそもがレアな存在ゆえ“運良くエンカウントできたら”ではあるが。

「REIMS ランス」
ローファーとなっても変わらぬ
タフネス&タイムレス。

ボリューミーなジビエを味わっていただいたところで、本日のコースも折り返し。この辺で、気分だけでも季節は春にというワケで、【前編】で紹介したパラブーツの代表作「MICHAEL ミカエル」のローファーモデル「REIMS ランス」でお口直しをば。モデル名は、世界遺産“(ランスの)ノートルダム大聖堂”があるフランス北部の都市名に由来し、天使繋がりと思われる。誕生は1986年で、女優の石原さとみや北川景子と同い年。なんてどうでもいいので話を巻き戻し。

ブランド初期の傑作である「MICHAEL ミカエル」のローファーモデルがこの「REIMS ランス」。

当然アッパーはミカエルと同じ「被せモカ」を採用。ここに生きたる伝統と堅牢性。甲の付け根部分の「ビーフロール」と呼ばれる糸を巻いたように縫われる補強部分も同様で、すべて手作業で強靭に仕上げられている。このひと手間が、一般的なペニーローファーに比べ、カジュアルな印象を強めると同時に、質実剛健なフレンチブランドらしさを演出している。

縫い目からの水の侵入を防ぎ、屈曲部の隙間をなくすなど機能性に優れた拝みモカとビーフロールの合わせ技。

また、一般的なローファーに比べてソールが分厚く重量もあるため、脱げにくいようにヒール部分のカットは深めに設計されている点も見逃せない。ローファーらしいシンプルな見た目、イージーな着脱のしやすさに加え、運動性まで考慮されたパラブーツならではのタフネスが同居する傑作というわけだ。

一般的なローファーよりもヒール部分のカットを高めにすることで、歩行時の後ろ姿を美しく見せる。

だがこの傑作も、移りゆくトレンドの煽りを受けてか1995年に一旦廃盤に。その後の2009年、復活を熱望するユーザーの声に応えて見事カムバック。現在では、幅広いコーディネートに似合う定番モデルとして、再び人気を博しているのだから“タイムレス”であることの強さたるや。

「BARTH バース」
“怠け者”と“戦う海の男”の両方に
愛される名作デッキシューズ。

靴紐を結ぶ必要がないことから“怠け者”を意味するという説もあるローファーと同じく、コンフォータブルシューズの代表格でありながら、働く靴でもあるデッキシューズ。ゆえに船のデッキ(甲板)という過酷な環境下にも耐えうる品質が求められるのだが、その点、フランス海軍の潜水艦部隊に納入されていたモデルをベースに作られた「BARTH バース」ならば間違いない。

デッキシューズ型の「BARTH バース」は、フランス海軍の潜水艦部隊に納入されていたモデルがベース。

軽やかな雰囲気は、ライニングを廃したアンラインド仕様に起因し、優れた屈曲性と裸足で履いても吸い付くようなフィット感を実現。モカシン縫いのアッパーは様々な素材が採用されているが、速乾性に優れ、長時間海水に晒されても丈夫な撥水レザーがスタンダード。アッパーとソールをダイレクトに縫い合わせる「ブレイク製法」により、軽量かつ柔軟性に優れ、足馴染みが良いのも特徴だ。

肝心のソールは、濡れたデッキ上でも迅速な行動を可能とする「MARINE SOLE マリーンソール」を搭載。天然樹木から抽出したラテックスを原料としているため防滑性に優れ、水を速やかに排出するための溝や吸盤でグリップ力を高める工夫がなされているだけでなく、足音も出にくいのが特長。これは、潜水活動中に音を出して相手に捕捉されてしまうのを防ぐためであり、本モデルの出自を示す確固たる証でもある。

モカシン縫いとブレイク製法で付けられたマリーンソールが相まって、履き心地も実にライト。

“デッキシューズといえば”の履き口を一周する革ヒモも、ただの飾りにあらず。シューレースと繋がっていて、結ぶ際の強弱でヒールの形状を微調整し、ホールド感をアップさせる仕組みとなっている。その上、ヒール下部のつまみ縫いされた箇所は「キッカーバック」と呼ばれ、片足を引っ掛けることで手を使わず容易に脱ぎ履きが可能。このように“怠け者”と“戦う海の男”という、スタンスも用途も異なる両者に嬉しいディテールが同居しているのも本モデルの面白さ。

シューレースと一体化した革ヒモは、デザイン的にも重要。ヒール下部のつまみ縫いされた箇所がキッカーバック。

「PACIFIC パシフィック」
勇猛で知られた傭兵部隊の履き物を
ルーツとする大人のサンダル。

最後は、さらに季節を夏までジャンプ。少々フライング気味の感が否めないが、名品ということでパラブーツ発のサンダルもご覧いただこう。本作「PACIFIC パシフィック」はいわゆる「グルカサンダル」に分類され、アッパーとトゥを編み込まれたレザーで包み込み、ヒール部分も芯材を使ってレザーで覆われているためホールド感も抜群。19世紀にイギリス植民地だったインドにおいて、ネパール山岳民族で編成され、その勇猛さから“世界最強の兵士”として知られた傭兵部隊「グルカ兵」の履き物に由来する。要はミリタリー出自のアイテムなので、サンダルといえども質実剛健を是とするパラブーツらしさが感じられる。

ここ近年、春夏シーズンの定番となっているグルカサンダルを模した「PACIFIC パシフィック」。

また、履き口のストラップはフィッティング調節の要となる部分だが、大人の色気を放つリスレザーと組み合わせることで、デザイン上の良きアクセントとしても機能している。さらにもう一点追記するならば、アッパーとソールを接着剤で貼り合わせ、加圧密着させる「セメント製法」で装着されたソール自体も、他のモデルとは異なる「SPORTS SOLE スポーツソール」である。

着用時にアッパーの隙間からのぞく肌と履き口のストラップが、大人の色気を誘う。

リップルソールタイプの「SPORTS SOLE スポーツソール」が、コンフォータブルな履き心地を支える。

いわゆるリップルソール(サメの歯に似ているためシャークソールとも)で、高いグリップ力とクッション性、屈曲性を備えているためスニーカーなどにも使用され、夏のアクティブな気分を大いに盛り上げてくれる。これぞスニーカー感覚の履き心地ながら、サマーシーズンの足元を上品に彩る大人のサンダルだ。

【前・後編】に渡って、名作とともにブランドヒストリーを紐解く中で、パラブーツが我々を虜にする理由について改めて考えた。その結果、辿り着いた答えが、クリエイティブの根底にある“クラフトマンシップ”と、そこに裏付けされた“普遍性”、そして時代に合わせる“可変性”の両方を持ちわせる懐の深さ。

新たな年を迎えてなお取り戻せてはいない、在りし日の日常という名の平穏。今はまだその不安を払拭することが難しくとも、己の信ずる道を貫きつつも変化を恐れぬ姿勢を持って、自分のペースで前進していけばいい。人生という名の長き旅路をパラブーツとともに。

(→【前編】は、こちら

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