春に走る。前へと歩き出す。人気ブランドのオススメ名作ランニングシューズ〈ナイキ〉〈アシックス〉〈ミズノ〉編
今回のテーマは「ランニングシューズ」だ。直訳すれば、走るための靴。ただし以下で紹介するモデルは、トラック上をできるだけ速く駆け抜けるためだけの道具では決してない。文字通り“地に足のついた”各種機能を備えながらも、街に映えるようデザインされている。誠実にして洗練。これからの毎日を、軽やかに走り出すためのランニングシューズだ。
前編では、〈ナイキ〉〈アシックス〉〈ミズノ〉の3ブランドにフィーチャー。往年のファンもきっと満足する、かの名作が揃い踏みだ。それでは早速はじめよう。
オススメ名作ランニングシューズ①
〈NIKE ナイキ〉
「AIR HUARACHE エア ハラチ」
トップバッターは、もはや地球規模のスーパーブランドに任せるほかない。1964年にアメリカ・オレゴン州にて創業した〈NIKE ナイキ〉。1991年には今作「AIR HUARACHE エア ハラチ」を産み落とし、ランニングシューズに再び革命をもたらした。
その旗印となったのが、ネーミングにも使われた「ハラチフィットシステム」だ。同じく名前に関した「エア」は、ブランドの代名詞でもあるソール内部のエアユニットを示すもの。つまりは持ち前のクッショニングに加えて快適なフィッティングをも追求した結果、この怪作に結実したのだ。デザインは、かのティンカー・ハットフィールドが担当。「AIR JORDAN エア ジョーダン」「AIR MAX エア マックス」らの祖となった伝説的デザイナーは、この春で71歳の誕生日を迎える。
ハラチフィットシステムのモチーフは、ティンカー自らが体験した水上スキーのネオプレン製ブーティとの説が有力だ。足を包み込むように固定するシュータンとライニングが一体化した構造に、その系譜を見ることができる。
ワラチとは当地の言葉でサンダルを意味し、ハラチにも転じる。いずれにせよサンダルのように軽く、しなやかで、開放的魅力を備えたランニングシューズは、スニーカーの固定観念を飛び越えた大発明といえよう。
オススメ名作ランニングシューズ②
〈NIKE ナイキ〉
「AIR MAX 95 エアマックス 95」
ファッションフリークやスニーカーマニアでなくとも、このデザインに見覚えがある人は少なくないはず。1995年に登場し、“狩り”まで発生してしまうほどの大フィーバーを巻き起こした問題作「AIR MAX 95 エアマックス 95」。なかでもイエローグラデこと「Neon Yellow ネオンイエロー」の存在感は格別だ。
ただしこのモデルをよく見ると、“オリジン”とは少々趣が異なっている。何を隠そう、こちらは2013年に発売されたレアモデル。「AIR MAX 95 PROTOTYPE “mita sneakers” エアマックス 95 プロトタイプミタスニーカーズ」と銘打たれた、上野発の人気ショップ〈mita sneakers ミタスニーカーズ〉とのコラボレーションである。
基本デザインは、ʼ95年発表の元ネタを踏襲する。歴代のエアマックスシリーズで初めてソール前足部まで可視化されたエアユニットを搭載し、安定したクッショニングを実現。そのソールが“背骨”を表し、シューレースで“肋骨”、グラデーションで“筋肉”を表現するなど、デザイナーのセルジオ・ロザーノによる“人体モチーフ”は健在だ。
一方で、シュータンやライニングにはカラー変更を施してオールブラックに。この配色は、当時リリースされることのなかった試作プロトタイプのカラーパレットを再現したもの。ʼ90年代のスニーカーブームを支えた“世界のミタ”らしい、いかにも粋な着地だ。
コラボレーションの証しは、着用時には見えない場所にも刻み込まれる。上野のアイコンである“桜の花弁”と「UENO」のフォントを融合させたオリジナルロゴ刺繍が、ライニングにひっそりと鎮座。それはまるで、舞い散った美しい花びらが靴の中に迷い込んだが如し。優越感と春の気配を呼応させ、特別な気分に浸らせる。
(→〈ナイキ〉の「エアマックス 95」に関する別の特集記事はこちら)
オススメ名作ランニングシューズ③
〈NIKE ナイキ〉
「AIR FOOTSCAPE
エア フットスケープ」
前述のエアマックス 95 と同い年。リリース当初は“イモムシ”などと呼ばれ敬遠されたそちらに比べてシンプルでスタイリッシュな「AIR FOOTSCAPE エア フットスケープ」は、事実ファッション感度の高い人々の支持を獲得。発売間もなく話題となり、当時のスニーカーブームを盛り上げた。
その人気は凄まじく、藤原ヒロシ氏も「何もかもが新しかった。自分も気に入っていたし、いろんな色を探しました」と絶賛。 2009 年には自身のブランド〈fragment design フラグメントデザイン〉との別注モデルも手掛けている。
とはいえベースは、まごう事なきランニングシューズ。最大の特徴であるオフセットされたシューレースも、アスリートのための研究結果から導かれたアイデアだった。人間の足の甲には毛細血管が集中しており、きつく締めたシューレースでは血管を圧迫してしまう。結果、パフォーマンスを阻害する可能性が指摘されていた。
エア フットスケープではシューレースが外側に“逃げる”ことで、課題をクリア。と同時に、足囲りにゆとりを持たせた専用の木型「フットスケープラスト」を用い、ストレスからの脱却も図られている。これらの快適性は当然、街履きとしても高評価にもつながるものだ。
人気作ゆえに別注や派生形など多くのバリエーションが生まれたが、今回紹介する2019年のクリエイション「AIR FOOTSCAPE MOTION エアフットスケープモーション」もそのうちのひとつ。〈BLACK COMME des GARÇONS ブラック・コム デ ギャルソン〉と共演した漆黒の1足は肉厚なアッパーにスエードのパーツを組み合わせるなど、よりファッション的なメソッドを取り入れている。
(→〈ナイキ〉の「エアフットスケープ」に関する別の特集記事はこちら)
オススメ名作ランニングシューズ④
〈NIKE ナイキ〉
「AIR PRESTO 2000
エアプレスト 2000」
続いては、2000年生まれの意欲作を。ティンカー・ハットフィールドの実弟トビー・ハットフィールドによって作り出された今作「AIR PRESTO 2000 エアプレスト 2000」は、厳密に言えばランニングシューズではない。ランニング後の足をリラックスさせるためにデザインされた、広義のパフォーマンスシューズだからだ。
モデル名の由来は、マジシャンのメジャーな掛け声である「Hey Presto(あら、不思議)」だとか。実際にその履き心地はマジカルな気分にさせるほどで、通気性と伸縮性に秀でたスペーサーメッシュ製のアッパーがフィット感と快適性能を高次元で両立。ヒールには「V ノッチ」と呼ばれる切れ目を配し、その伸縮する“あそび”のスペースによって使用者それぞれの足のサイズにいっそうアジャストする。
ゆえに発売当初は通常のサイズ表記ではなく、「S」「M」「L」といった具合でリリース。「Tシャツはハーフサイズでの展開はしていない。フットウェアでも同じようにやってみたらどうだろう?」というトビーの発想はそのまま、「足のためのTシャツ」というキャッチコピーを生んだ。
余談だが、本作は2000年に始まったナイキのカスタマイズサービス「NIKE iD」(現「NIKE BY YOU」)の初対応モデルとしても知られ、藤原ヒロシ氏はチェッカーフラッグ柄の1足をオーダーしたそう。ちなみに「HELLO KITTY」の30周年記念プロモーションモデルも、藤原ヒロシ氏によるプロデュースだった。
オススメ名作ランニングシューズ⑤
〈asics アシックス〉
「GEL-MAI ゲルマイ」
ここ日本でも、世界に広く誇るべきランニングシューズが数多く輩出されてきた。例えば老舗〈asics アシックス〉からは1999年に「GEL-MAI ゲルマイ」がリリース。“舞う”ように楽しく走れるシューズというコンセプトは、実に本能的で洒落が効いている。
つま先からヒールにかけてアシンメトリックなシューレースシステムを搭載し、斬新なプロポーションを構築。足の甲にかかる負荷を軽減させるのは、先に紹介したエアフットスケープと同じ狙いだ。
ただこちらは、足首を一周するようにシューレースを配置。シューレースを絞ることで前足部と同時に足首まで締めてくれるユニークな作りで、ナイキのそれとは一線を画している。
また、ミッドソールにはアシックス独自のスポンジ素材「fuze GEL」を採用。ボリューミィで反発性に優れたソールが、快適なクッショニングを約束する。
しのぎを削るナイキとアシックス。その関係性は深く、以前『knowbrand magazine』でも触れたとおりだ。“コルテッツ”と聞けば何を思い浮かべるか。そのあたりで、ファッションに対する見識が試されたりもするだろう。
なお、“甲部分の中央から外側にずれた左右非対称なシューレース”の元祖は……、実はナイキでもアシックスでもない。
その先見の明に長けたブランドは、米国・マサチューセッツ州にて1908年発祥のご存知〈CONVERSE コンバース〉。1985年に発表されたモデル「ODESSA オデッサ」で、件のディテールが確認できる。
(→〈ナイキ〉と〈アシックス〉との関係性についての別の特集記事はこちら)
(→〈コンバース〉の「オデッサ」に関する別の特集記事はこちら)
オススメ名作ランニングシューズ⑥
〈asics アシックス〉
「GEL-NIMBUS 9 ゲルニンバス 9」
モデル名に使われた「NIMBUS」とは、ラテン語で「雲」のこと。雲の上を駆けるような軽快な走り心地を謳うランニングシューズは複数あるが、ジャパンブランドのそれはまさしく雲上のクオリティを保証。2007年登場の「GEL-NIMBUS 9 ゲルニンバス 9」はアメリカのランニング専門誌「RUNNER’S WORLD」の「INTERNATIONAL Editor’s Choice」賞を受賞するなど、世界的な栄誉を授かった。
1999年から継続して発表されるアシックスのゲルニンバスシリーズ“9代目”に当たり、当初はニュートラルランナーとサピネーションランナーの長距離トレーニング用として設計。かかと部と前足部に組み込まれた「GEL テクノロジー」が、走行時のクッション性と安定性を高める。ただし昨今ではオリジナルのディテールを踏襲したライフスタイルシューズとして、ファッションへの活用度の高さも注目すべき理由となっている。
ここで紹介するのも、ファッションカルチャーの文脈を踏まえた別注モデル。手を取り合ったお相手は、スタイリスト熊谷隆志氏が立ち上げた〈WIND AND SEA ウィンダンシー〉だ。
使い勝手のいいオフホワイトカラーのアッパーに、テクニカルなシルバーのアシックスストライプをオン。アウトカウンターにはさりげなく“SEA ロゴ”をあしらい、ストリートテイストを増長する。
ウィンダンシーの由来は「波乗りを終え、”F**kyou. Go home!”と書かれた自身の車を目にし、悔しい想いをした」という、アメリカ・サンディエゴのラホヤにあるサーフポイント、Windandsea Beachでの体験がきっかけだったと言われる。ただ、このシューズであれば話は別。内外とも充実の名機、ディスられる心配は無用であろう。
(→〈ウィンダンシー〉に関する別の特集記事はこちら)
オススメ名作ランニングシューズ⑦
〈MIZUNO ミズノ〉
「WAVE PROPHECY X
ウエーブ プロフェシーX」
前編の最後は、世界にその名を轟かせる実力派ジャパンブランドの自信作を。〈MIZUNO ミズノ〉の「WAVE PROPHECY X ウエーブ プロフェシーX」は、革新的なテクノロジーを結集したフラッグシップ、ウエーブ プロフェシーシリーズの第10弾として生を受けた。
機能的にも、ルックス的にも、今作のキモはずばりソールだ。特殊な波形のプレートが、バネのような反発性とクッション性を獲得。この圧倒的ソールファンクションは、1997年に登場したブランドの歴史的ディテール「MIZUNO WAVE ミズノ・ウエーブ」を原点とする。今作に搭載されたた「INFINITY WAVE インフィニティ・ウエーブ」は重ね合わせた波形のプレートにより、ソールの空洞がまるで「∞」のような形を描く。さらにはスポンジを取り除いたミッドソールが、憎き経年劣化を防止。まさしくインフィニティの名に相応しい、無限の可能性を秘めているのだ。
なかでもこの2021年版モデルは、ダイナミックなシルエットとモダンなオールブラックが同居。2020年度の「グッドデザイン賞」を受賞した。ランナーのみならずファッショニスタの羨望を集め、傑作の価値をさらに高めている。
駆け足で7足紹介した前編にて、あらためて感じてもらえれば幸いだ。洋の東西を問わず、名作・傑作が数知れず。テッキーでレトロな二律背反は、時代の波や国境の壁に左右されない。我々の愛するランニングシューズは総じて、“ランニング”コストにも優れたシューズなのだということを。
失礼。続く後半も、ぜひお楽しみいただきたい。