FASHION

インディペンデント精神と毛糸で織り上げたsacaiの世界【前編】

“サカイ”というワードを耳にして、まずファッションブランドを思い浮かべた読者諸兄のファッション感度は、さすがの星三つ。とはいっても服好きを自称しておきながら、その名を知らぬ者がいれば、間違いなくモグリと言えよう。

今や世界中のファッションメディアがその動向に注目する〈sacai サカイ〉。〈NIKE ナイキ〉や〈THE NORTH FACE ザ・ノース・フェイス〉とのコラボレーションアイテムがリリースされる度に、争奪戦が繰り広げられていることは周知の通り。だが実際にアイテムに触れたことはないという人も多いに違いない。そこで今回の『knowbrand magazine』では、前後編に分けて、この日本が誇る世界的ブランドを掘り下げる。

ファッション業界人や著名人のフォロワーも多く、さても衰えぬその人気。むしろ20周年を迎えてなお、独特でありながら普遍的、そして革新的で実験的な服作りに傾倒しているデザイナー・阿部千登勢のクリエイション。だが日本はもとより世界中のファッションラバーたちが、何故こうまでサカイに熱狂するのか。その理由を紐解いていく。

デザイナー・阿部千登勢が求め続ける
“オリジナリティ”。

まずその前に、デザイナーである阿部千登勢とはどういった人物なのか。若干長くなってしまうが、彼女自身を知ること=サカイを知ることに繋がる。ゆえにお付き合い頂きたい。

阿部は1965年生まれ。幼少期、テレビCMで見たファッションデザイナー(※〈ISSEY MIYAKE イッセイ ミヤケ〉の三宅一生といわれている)に憧れを抱き、専門学校を経て、アパレル大手のワールドに就職するも、わずか1年で退職。その後、憧れだった〈COMME des GARÇONS コム・デ・ギャルソン〉に入社。阿部は、レディスラインの〈tricot COMME des GARÇONS トリコ・コム デ ギャルソン〉でニットウェアのパタンナーを経験する。

ここで彼女は“オリジナルであること”、そしてファッションという枠組みの中で“ビジネスとクリエイティブのバランスをとること”を学び、のちに渡辺淳也の手がける〈JUNYA WATANABE COMME des GARÇONS ジュンヤ ワタナベ コム・デ・ギャルソン〉の立ち上げメンバーにも抜擢。ここでの学びは、今も彼女の心に残り続けているという。

かように順調にキャリアを積み上げていった阿部だが、1997年大きな転機が訪れる。結婚そして妊娠・出産である。これを機に彼女はギャルソンを退社して主婦となった。この専業主婦として過ごした時間こそが、サカイのクリエイティブの根幹にある世界観を形作っていく。

それまで1シーズンに何十から何百型もデザインした服を、ファッションショーで大々的に発表し、その全てに全身全霊を注ぐものがファッションだと思っていたが、それが全てではないと気付き、自分自身をリセットする。そして、夫で自身も〈kolor カラー〉のデザイナーである阿部潤一から、かねてよりデザイナー復帰を勧められていた彼女は“少量なら子育ての傍に、きっとどこにもない特別なものが作れるかもしれない”と思い立ち、自身のブランド〈sacai サカイ〉を設立するのである。

たった5型の手編みニットから始まり、
世界を目指して。

それは今より21年前の1999年。ファーストサンプルの材料費は数千円。手芸店で購入した10個の毛糸玉から編み上げて完成させたのは、たった5型(最初は3型。のちに2型追加)のニットウェアだった。資本もなく、ごくごく小規模に幕を開けたこの私的な試みは、自宅で行われたという初の展示会において周囲からの高評価を得て、思わぬ広がりを見せる。全てはこうして始まった。

それから数年後、瞬く間に熱狂的フォロワーを獲得したサカイは、2004ー2005 AWシーズンにニューヨークで、さらに2005 SSシーズンからはパリでも展示会をスタート。クラシックで機能性が必要とされる現代にフィットしたデザインは、どこか日本的で今までにない価値観と称され、海外からも高く評価されるように。かくして世界が彼女の才能を認めたのである。

2007年には、ファッションに携わる人々の優れた業績を称えるとともに、新たな才能を発掘する「毎日ファッション大賞」を受賞。ちなみに1983年に開催された第1回の大賞賞者は、彼女にとっての師匠ともいえるコム・デ・ギャルソンの川久保玲。憧れのデザイナーと同じスタートラインに立った彼女は、2009 SSシーズンよりメンズラインを始動。2011年には東京・南青山にフラッグシップショップをオープン。2013年にフランス オートクチュール・プレタポルテ連合協会の正式会員となり、2015年にも2度目の毎日ファッション大賞を受賞。

この10数年の歩みを羅列しただけでも、加速度的スピードで名実ともに世界的ブランドの一員となったことがよく分かる。そんなサカイだが、そのブランドコンセプトは“日常の上に成り立つデザイン”と、決して奇抜なものではない。“手軽で機能的というだけではなく、スピードの速い現在のライフスタイルに可能な限り適応できるものであるべき”という目的を追求して作られるアイテムたち。要は“着たいものを、着たい時に、着たいように着る”ということ。

これこそが阿部が導き出した答え。スッと日常に入り込み、分かる者にだけ特別な余韻を残す。その感覚を手垢のついた言葉に超訳するならば“服好きが好む服”であろうか。

必ずどこにかに表れる“サカイらしさ”が
愛される理由。

サカイを着る誰もが“サカイの服は見たらすぐに分かる”という共感認識を持ち、必ずそのどこかに“らしさ”があるのが、サカイの服を愛する理由と語る。では、その“らしさ”とは何か? ファッション的な言葉を用いるなら“ベーシックでクラシカルなものを、異なる素材や要素といったピースを組み合わせて再構築することで、予想外のフォルムとシルエットに変化させ、独特のエレガンスを放つニュースタンダードを表現する”といったところか。うむ、なんとも分かりづらい。

ならばと百聞は一見にしかずの言葉に従い、メンズコレクションの中から定番とされる5つのカテゴリーをピックアップ。それぞれの特徴はもとより、そこから垣間見えるサカイのモノ作りに迫る。

ルーツにして象徴、
テクニカルなデザインがその真骨頂。

先にも述べたように、そもそもサカイの歴史の出発点はニットウェア。ゆえにブランドを象徴するアイテムの筆頭格として毎シーズン必ず展開され、その度に新たなデザインで無二の存在感を発揮している。

もちろんベーシックな物も存在するが、やはり高度な技術の元に成立するテクニカルなデザインこそが真骨頂。異素材などをミックスしながら、色を変えて、編み込みを変えて、作り続けられるニット。その温かみのある着心地は、阿部の服作りに対する真摯な姿勢ともとれる。ここで例として紹介するのは、文化のるつぼの概念を、サカイが得意とするハイブリッドに適用した2019 AWコレクションで登場した「インターシャセーター」。

2019AW「インターシャセーター」。

アシンメトリーなデザインを最も顕著に表しているのが左袖部分。この一区画だけでも異なる3つの表情が見てとれる。

ちなみにインターシャとは“象眼で飾る”を意味するイタリア語から転じて、挿入柄や配色柄を指す。編地の中に別糸で柄模様が編み込まれたアシンメトリーな柄使いから感じられるのは、これまでより一層、自由で軽やかなクリエイティビティ。実際に手に取ってもらえれば、あらゆる要素を混ぜ合わせながらも、その1つ1つが、サカイという世界を創り出すピースとなっていることが実感できるだろう。

異なる素材や要素の組み合わせにて
表現される多面性。

サカイをサカイたらしめる特徴の1つ「ハイブリッド」。デザイナーである阿部自身が、自分が着たい服のバリエーションの少なさに飽きれ、どうしたら面白くできるかと考案して生み出した、セーターとシャツを合わせて1つの服にする実験的デザインがそのルーツ。

のちにニットとシルクなど対照的な素材同士のコンビネーションや、複数のアイテムによる再構築など、斬新なアイデアが続々と登場。阿部曰く、この手法は“女性の多面性”を表現するために用いているそうだが、メンズにおいても重要なファクターであることに変わりはない。

テーラードジャケットとデニムジャケットのハイブリッドな2019SSのジャケット

ここでは2019 SSコレクションで披露された、テーラードジャケットとデニムジャケットのハイブリッド種をご覧頂こう。優れたパターニングの成せる技か、境界線をラフに演出しながらも、シルエットは全く崩れることなく成立。もはやショウピースと大差ないほど、手の込んだ複雑な作りは圧巻。軽い気持ちでは模倣出来ないデザイン。その根底にはやはりギャルソンイズムともいえる“オリジナリティの追求”が見てとれる。

素体であるデニムジャケットに、テーラードジャケットの外装をボタンやジップを駆使してドッキング。

前後で印象を変える手法はサカイのお家芸。

ありそうでなかった発想を
さりげなく細部に落とし込む。

例えば、襟先をボタンで留めるボタンダウンシャツの特徴が、英国伝統の馬術球技「ポロ」のユニフォームに由来するように、服に備えられたディテールには何かしらの意味がある。そして、そんな細部にこそ、ひとひねりを加えるのがサカイの流儀。

その代名詞の1つとして知られるのが「ドローコードシャツ」。その名前が示す通り、シャツの裾部分に施された切り替えにドローコードを搭載。ありそうでなかった発想を形にしたことで、シャツながらブルゾンのような表情が楽しめる1着となっている。さらに肝心のドローコードを引き絞ることで、着こなしにスパイスを添える。

〈sacai〉の定番アイテムのひとつ「ドローコードシャツ」。

ダラしなく見えがちなコードのあしらいも、シルバーのコードストッパーを採用することで解消。クリーンな雰囲気の演出にも貢献。

単体着用時に、普通のトップスでは何か物足りない。そんな時にこのシャツのちょっとしたギミックが、スタンダードなシャツを予想外のフォルムへと変化させる。これもまた「ハイブリッド」同様に、デザイナーの阿部が“自分の着る服をどうしたら面白く出来るか”を追求した結果であり、実にサカイらしいアプローチといえる。

ベーシックなアイテムだからこそ、
効かせるひとヒネリ。

着心地とデザイン性、その両方を有することは簡単なようで意外に難しい。それがごくごくプレーンな「ロングスリーブT」ならば、なおさら。

こちらも〈sacai〉のスタンダードアイテム「ロングスリーブT」。

リブなしロンTの袖先にカフス部分をドッキング。アイデア自体はイージーかもしれないが、それをさりげなく自然に見せる技術の賜物。

通常のロンTを例に挙げるならば、袖口はリブかリブなしのどちらがお約束。されどサカイの手にかかると、そこにドレスシャツに見られるシングルカフスが備わるのだから面白い。また、ロンTでよくあるのが着丈の割に長い袖丈。溜まりができてスタイリッシュでなくなるのが難点。そこで2パターンの使い分けを可能としたのが、本作のストロングポイント。ボタンを閉じればクリーンな表情に磨きがかかり、開いて袖を捲ればカジュアルさが強まる。

加えて素材は、上質なコットン100%。洗濯していくうちに生地がヘタるなんて悲劇もなく、縮みも気にならず、長く愛用することが出来る。ベーシックな作りながらも細やかなこだわり。ファンはこんな部分にも、ギャルソンに通ずるデザイン美学を感じずにはいられない。

優れた汎用性の裏に、
計算し尽くされたパターニングあり。

“日常の上に成り立つデザイン”というブランドコンセプトが、最も顕著に表れているアイテム。それがこの「イージーパンツ」ではないだろうか。

〈sacai〉のブランドコンセプトを体現したかのような定番の「イージーパンツ」。

ベルトループも備えたフロント部分のあしらい。ドローコードを内側にしまってしまえば、スラックスとさほど変わらない顔立ちとなる。

計算し尽くされたパターニングが叶える美しい着用時のシルエット、そして軽やかな履き心地と名前から想像されるイージー感は皆無。むしろ、裾や腰回りのディテールに注意深く目を向けて初めて気付くほどの絶妙な抜け感をたたえたルックスからは、洗練さをも感じさせる。

素材に関しては、ウールやコーデュロイ、スウェットにデニムと、シーズンによって変わるが、その振り幅の広さこそが、このボトムスの汎用性の高さを物語っている。一度でも足を通せば、必ずや病みつきになることの請け合いの中毒性。大人にこそ履いてもらいたい傑作である。

一歩ずつ進んだ先にこそ新たな景色がある。

サカイのアイテムには、阿部が服作りの上で重要視するオリジナリティ、そして自分自身が着たいと思うこと。その両方が如実に表れている。彼女は一流という言葉に疑問を投げかけ、自分らのクリエイションに「本物」を求め続ける。ゆえに常に新たな試みを取り入れ、進化の歩みを止めなることはない。

そのため、1着のアイテムを生み出すまでにもすぐに答えを求めず、シルエットや素材、ディテールをあらゆる角度から何度でも検証し、膨大な労力と時間、情熱を費やす。それは、出来ないことやそれに伴う疑問をひとつずつ解決し、一歩ずつ進んだ先にこそ新たな景色があると考えているから。

阿部は語る「生きているからには誰かの代わりではなく、私にしかない道を歩みたいではないですか」と。そこにあるのはオリジンであるという矜持。我々はサカイの服を纏うことで、画一的な現代社会で喪失しがちその想いを身に宿し、日々を生きるのである。

【後編】につづく

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