インディペンデント精神と毛糸で織り上げたsacaiの世界【後編】
続くこの【後編】では、その【前編】冒頭でも軽く触れた〈NIKE ナイキ〉や〈THE NORTH FACE ザ・ノース・フェイス〉などの世界的ブランドと共に生み出したコラボレーションワークを中心にディグ。まずは彼女がブランドをスタートさせる際に背中を押したという、夫・阿部潤一が手掛ける〈kolor カラー〉について。ある意味でサカイと対になる存在とも言える、このブランドを知るところから始めたいと思う。
垣間見せるギャルソンイズム
いわばサカイと対をなす存在。
【前編】では〈sacai サカイ〉の歴史を、デザイナー・阿部千登勢の経歴から始まり、ブランド誕生前夜から世界進出、そして現在までと駆け足で振り返ってきたのだが、そもそも阿部千登勢がデザイナーなのに、なぜサカイ? これは彼女の旧姓に由来し、〈kolor カラー〉のデザイナーでもある夫の阿部潤一によるアイデアだそう。さらにもう1つ気になるのがスペル。本来はsakaiとなるはずが表記はsacai。その理由もまたカラーに隠されていた。こちらも通常はcolorとなるはずがkolor。どうやら、それぞれのブランド名からkとcを入れ替えているのだ。互いがデザイナーであることを尊重して認め合う。そんな夫婦として、そしてクリエイターとしての理想的関係性がここには表れているのである。

カラーの商品タグには「この製品の一部、又は全体を無断で複製、 もしくは個人の着用以外の目的で使用することはできません」 という意味の言葉が、英語、フランス語、イタリア語で記されている。
この流れでカラーについて、もうひと掘り。同ブランドは〈COMME des GARÇONS コム・デ・ギャルソン〉出身の阿部潤一が2004年に設立。スタンダードアイテムをベースに、多種多様な色や素材使い、アシンメトリーな切り替えや高度なパターニングなど、計算された独自のバランス感覚で作り上げられるデザインは、世界的にも高評価を獲得。
また、シーズンテーマを設けないのもカラーの特徴。ゆえに異なるシーズンのアイテム同士も違和感なくマッチする。これは阿部潤一がクリエイションにおいて“時代のニュアンスやムードといった言語化が難しい感覚の具象化すること”を重要視しているからであり、サカイの“日常の上に成り立つデザイン”というブランドコンセプトとも相通ずる。
リラックスムードを漂わせながらも
決してチープに見せない絶妙な抜け感。
以上を念頭に置いた上で“素材やパターンなどを多角的に見た際に最上のバランスだと感じられ、リラックスムードを漂わせながらもチープではない”というコンセプトを体現するのが、定番人気を誇る「Puckering Pants パッカリングパンツ」である。フォルムはご覧のように不格好なほどワイド。そのサイドにパッカリング(縫製によって生じる縫い縮みによるシワ)を取り入れながらも、着用時には絶妙な抜け感と立体感のある独特なシルエットを創り出す。
〈Kolor〉の定番として愛されている“ブサイク・パンツ”こと「パッカリングパンツ」。

まるでサイドラインのようにも見えるのが、本アイテム最大の特徴である“パッカリング”。変に目立つことなくさりげなく、しかし最大限のアクセント効果を発揮する秀逸なディテールだ。
同アイテムの愛用者でファッション界の重鎮でもある「UNITED ARROWS ユナイテッドアローズ」の栗野宏文が、その逆説的な魅力を讃えて“ブサイク・パンツ”と命名したことでも知られる。ちなみにこのパッカリングという手法をデザインワークに取り入れた先駆者が、かのコム・デ・ギャルソン。師から継承したイズムを昇華してクリエイションに落とし込む。この姿勢もまたサカイと共通する部分なのではないだろうか。
異なる世界観を持ったブランドの共演、
それこそが“ハイブリッド”を体現。
【前編】では、再三にわたってサカイの特徴の1つに “ハイブリッド”を挙げていたが、これを既存のもの同士を掛け合わせた際に生まれる化学変化と定義するならば、他のブランドと織り上げるコラボレーションはむしろ必然。ゆえに、当然のことながら国内外のブランドと数々の名作が生み出されている。
まずは数々の伝説的コラボレーションワークを手掛け、世界のファッションに変革をもたらしてきた当代一のファッショニスタ、藤原ヒロシによる〈fragment design フラグメントデザイン〉とのプロジェクトから見てもらおう。
ファッショニスタHFの遊び心から
ブートレグ的に作られたロゴアイテム。
阿部と藤原ヒロシが初めて顔を合わせたのは、パリで開催されたサカイの展示会。これを機に友人となった2人は、「サカイ青山店」がオープンした2011 AWに初コラボレーションを仕掛ける。それが同ショップ2Fで展開された期間限定ポップアップストア「sacai aoyama store the VINYL サカイ アオヤマ ストア ザ ヴァイナル」で販売されたメンズアイテム全5型。これらはレコード店をイメージしたショップコンセプトに合わせて、レコードのようにパッケージして販売されて、大きな話題を呼んだ。
そこから暫く時を経て2015 AWに復活。以降は定期的にコラボレーションアイテムが登場し、ファンたちを賑わせている。ここで紹介するのは2019 SSにリリースされた「ブルゾンジャケット」である。元々は、サカイにロゴ入りのアイテムが存在していなかったため、藤原ヒロシ本人が自分で着る用に製作したブートレグ(海賊盤)のTシャツに端を発する。

×〈fragment design〉。胸に“NOT sacai”とデザインされた2019 SSの「BLOUSON JACKET ブルゾン ジャケット」。

大文字の“SACAI”の下に入った(NOT sacai)、そして“FRAGMENT”の下には同ブランドを象徴するイナズママークと(NOT)の文字が。これぞ藤原ヒロシらしい洒落ゴコロ。
本作も、家で切り抜いて糊で貼ったロゴをトレースしたものに“NOT sacai”のワードを加え、背中には“APPROVED BOOTLEG(承認済みのブートレグ)”の文字を配置。いわば公式海賊版。「欲しいモノがなければ作ってしまえ」というトラディショナルなストリート的アプローチにも、元DJで音楽プロデューサーとしての顔も持つ藤原ヒロシらしい遊び心が息づいている。
日本を代表する2つのブランドが
実現させたジョイントコレクション。
ある種のファン的視点からブートレグという手法を用いてコラボレーションを実現させた藤原ヒロシに対し、同じ世界を舞台に活躍する同志としてコラボレーションの舞台を用意したのが“ジョニオ”こと高橋盾率いる〈UNDERCOVER アンダーカバー〉。2017年、形式に囚われることなく次世代のユースたちに刺激的な体験を仕掛け、記憶に刻まれる瞬間を残すことを目的とするファッションプログラム「Amazon Fashion “AT TOKYO”」の参加を依頼された彼は、サカイと共に2018 SSコレクションの合同ショーを開催できないかと画策する。そこにあったのは“やるからには歴史に残る1日にする”というクリエイターとしての強い想い。
一方、高橋盾から合同ショーを打診された阿部にも、またある想いがあった。それは“1991年に開催されたコム・デ・ギャルソンと〈Youji Yamamoto ヨウジヤマモト〉によるジョイントコレクション「6.1 THE MEN Comme des Garcons &Yohji Yamamoto」を見て感じた衝撃を、多くの人々に体験してもらい、まだ見たことのない景色を一緒に見たい”というもの。そのためにはアンダーカバーが最高の相手であるとして、阿部はこの申し出を快諾。こうして実現したのが、世界が注目した「10.20 sacai / UNDERCOVER」という名の歴史的コラボレーション。
(→〈UNDERCOVER〉に関する特集記事はこちら)
×〈UNDER COVER〉。イベントを記念してリリースされた「スウェットプルオーバー」。

このスウェットをはじめ、合同ショー「10.20 sacai / UNDERCOVER」を記念したコラボレーションアイテムの数々が、両ブランドの青山店とAmazon Fashion AT TOKYO BRAND STOREで限定販売された。
当日は生憎の雨模様の中でも1200人が来場。全く異なる個性を持った両者が、ファッションにおける世界最高峰の舞台であるパリで勝負するブランドとしての矜持とクオリティを、各々の世界観の中でぶつけ合う圧倒的かつ稀代のショーを展開。フィナーレでは、両ブランドのモデルが“what comes around goes around”というスローガンと、コラボレーションを象徴するグラフィックを背負ったロングコーチジャケットを羽織ってランウェイに集結。互いのクリエイションをリスペクトし合って、この伝説的な1日は幕を閉じた。
サカイの公式サイトでは、この歴史的1日をバックステージから記録した映像がアーカイブされているので、後学のためにもぜひご覧いただきたい。
ハイブリッドの美学ここに極まれり、
世界が認めたサカイのオリジナリティ。
『knowbrand magazine』の読者諸氏が青春時代を過ごしたストリート黄金期。その当時、頻繁に交わされていた盟友同士のコラボレーションを例に挙げるまでもなく、共通するバックグラウンドが繋がりを生み、その結果(もちろんクリエイションに対する信頼があった上で)スタートするのがコラボレーションの常道。
だが、相手がグローバルブランドとなれば、クリエイションの質のみならず、モノ作りに対する真摯な姿勢をも問われることとなる。ゆえにコラボレーションの実現は世界が認めたという証左ともいえる。ここでは阿部のクリエイティビティに共鳴し、唯一無二のカプセルコレクションでファッションアディクトたちを虜にした、3つのグローバルブランドを取り上げる。
普遍性の中に漂う“今の気分”
現代に生きる都市生活者たちへ。
トップバッターは、2017年にパリで行われたメンズコレクションのランウェイで話題となった〈THE NORTH FACE ザ・ノース・フェイス〉とのコラボレーション。同年10月には、新宿伊勢丹で期間限定ストア「SACAI“THE”the hybrid サカイ“ザ”ザ ハイブリッド」をオープンするのだが、事前の整理券抽選に約2200人の応募があったという事実が、その期待値の高さを物語っていた。
そしてオープン当日。期待に胸膨らます人々を迎えたのは、ザ・ノース・フェイスのアイコンである「MOUNTAIN JACKET マウンテンジャケット」や「NUPTSE JACKET ヌプシジャケット」などに、サカイを象徴するハイブリッドの美学を落とし込み、普遍的な洋服の原型を継ぎ合わせて再構築されたラインアップ。言い換えれば、アウトドアで培われたテクノロジーが叶える実用性とファッション性のバランスを保ちつつ、現代に生きる都市生活者へ向けたもの。
×〈THE NORTH FACE〉。2017 AWの「ボンバージャケット」。インラインでは使用されていない異素材のミックスに、サカイの根底にあるハイブリッドの美学を感じる。
そのどれもが長く着られる普遍性の中にも、今の気分が漂うクリーンな落とし込みがなされた傑作群。このコラボレーションこそが、のちにザ・ノース・フェイスのファッションシーンにおける新たな可能性が世に示す1つのキッカケになったともいえる。
(→〈THE NORTH FACE〉に関する特集記事はこちら)
季節とは真逆の素材を掛け合わせて
超越する“シーズン”という概念。
翌年の2018 AWにコラボレーション・パートナーに選ばれたのは、ハワイアンシャツ好きなら知らぬ者はいない〈reyn spooner レイン・スプーナー〉。コットン55%、ポリエステル45%で織り上げられた“スプーナークロス”を裏地使いする独自のスタイルで、1956年の創業から60年以上経った今もハワイアンシャツの本場で愛される先駆者的存在だ。
そんな同ブランドとの意外なコラボ。着想の出発点は、AWシーズンの素材でハワイアンモチーフを表現するというアイデアだったという。当初、阿部はオリジナルテキスタイルの作成を検討していた。だが制作を進めるうちに、実際にハワイで愛される本物のハワイアンパターンを取り入れるべきだと思い立ち、レインスプーナーの門を叩く。そして完成したのが「パデッドジャケット」。ダウン90%、フェザー10%を内包したボリューミィなボディを、膨大なデザインアーカイブの中から選ばれた、伝統的なハワイアンパターンでパッケージ。肩部分やポケットに配置されたジップや切り替え、袖口のベルトからはストリートの匂いも色濃く感じられる。

×〈reyn spooner〉。2018 AWの「パデッドジャケット」。随所にあしらわれたジップや袖口のベルトなど、かの〈SEDITIONARIES セディショナリーズ〉にも通じるようなパンキッシュな印象。

コラボレーションで使用されたのものと同じテキスタイルの〈reyn spooner〉製ハワイアンシャツ。
AWシーズンに、その真逆のファブリックを組み合わせるという逆転の発想は、翌年2019 SSも続行。ここではSSシーズンでありながら、ウールブランケットで有名な〈PENDLETON ペンドルトン〉をパートナーに指名。ファッションの基本概念にある“シーズン”、そしてそれを盲目的に追従する人々が引いたボーダーラインをも、サカイは軽く飛び越えてみせた。
(→〈Reyn Spooner 〉の「アロハシャツ」に関する特集記事はこちら)
レイヤードという表現手法を追求し、
極まるハイブリッドの到達点。
これら世界的ブランドとのコラボレーション中、最も成功を収めたといえるのが〈NIKE ナイキ〉とのカプセルコレクションだ。第1弾が〈NikeLab ナイキラボ〉名義で登場したのは2015SS。伝統的なナイキのシルエットを崩し、遊び心溢れる素材使いや、マスキュリンとフェミニンなど対極のものの組み合わせで、女性らしさとモダンさを兼ね備えた新たなスタイルを創造。続く2015ホリデーでは、ナイキのアーカイブから着想を得た夏らしいカラーパレットを生かしつつ、ロゴやパターン、色やヘムラインを絶妙に組み合わせたハイブリッドデザインを提案。
このお家芸でもあるデザインアプローチが花開いたのが、2019年にリリースされた「Nike LD Waffle ナイキ LDワッフル」。ベースとなったのは、1977年発表の「WAFFLE RACER ワッフルレーサー」と1978年発表の「LDV」というナイキ史に残る記念碑的ランニングモデル。それぞれのシュータン、シューレース、スウッシュを2重に重ね貼りすることで融合を表現し、ヒールから突き出たミッドソールが存在感を示す1足。ヒールタブにあしらわれた“Nike × sacai”のロゴが両者のコラボレーションをさらに引き立てる。

×〈NIKE〉。モノトーン配色で人気を集めた「ナイキ LDワッフル」の2ndカラー。アッパーのメッシュ部分は、続く3rdカラーからナイロン素材へと変わった。
同モデルの1stカラーは発売と同時にわずか数時間で即完売。現在までに3度リリースされているが、そのどれもがリセールマーケットでも人気絶大。今も探し求める者は多いが、既に2020 AWのショーでは、最新作「Nike Pegasus Vapor Fly SP ナイキ ペガサス ヴェイパーフライ SP」が登場。空気力学的な発想を用いたスタイリッシュなスタイルは、両ブランドの生み出すクリエイションが、次なるステージに移ったことを予感させるものとなっている。
(→〈NIKE〉に関する特集記事はこちら)
日常の上に成り立つデザインは次なる領域へ。
サカイとアンダーカバーによる合同ショー「10.20 sacai / UNDERCOVER」は、『ツァラトゥストラはかく語りき』が会場に鳴り響き、幕を開けた。この交響詩のインスピレーションソースとなった、哲学者フリードリヒ・ニーチェによる同名著書に登場するのが“超人”というキーワード。意味としては既成の価値観を否定し、絶えず新しい価値観を創造する存在を指すのだが、これはデザイナー・阿部千登勢のクリエイションにも重なる。
事実、今季2020 AWでは、ブランドに息づくデザイン美学“ハイブリッド”がさらなる進化を遂げている。従来のレイヤードやパッチワークとは根本的に考え方が異なるそれを、阿部は「視覚的な3次元のフォームを超えた4次元のシルエットの探求」と呼ぶ。
“スピードの速い現在のライフスタイルに可能な限り適応できるものであるべき”という阿部のクリエイション・スタンスを受けて、次なる領域に足を踏み入れたサカイと“日常の上に成り立つデザイン”。我々はただ黙って、その動向を見逃さないようにする。ただそれだけだ