身近なアイテムとプロの技で「靴を洗う」。大切な靴を蘇らせる方法とは。
外側は雨、風、泥、砂、移動時にかかる衝撃、内側は足から発する湿気にさらされ続ける靴。足を入れたその瞬間から、靴は一歩ごとにダメージを受けているのだ。その分、メンテナンスをすれば効果が見えやすいアイテムでもある。
江戸時代から今日まで使われている「人の足元を見る」という言葉には、「相手の弱点を見つけてつけこむ」といった意味合いがある。その言葉の通り、靴はその人の生活を如実に物語る存在。だからこそ、足元はしっかりとメンテナンスしておきたい。
今回は靴の手入れ方法を学ぶため、千葉県八千代市にある「靴・バッグのメンテナンス専門店T&K」の上川靖人氏に、プロの手入れ方法から、一般家庭でできるメンテナンステクニックまでを教えてもらった。
素材に応じて異なる手入れ方法。
プロの手によって靴がきれいになる過程を見ていこう。靴は素材に応じて手入れの仕方がまったく異なる。はじめに、汚れの目立つ白いキャンバス製スニーカーの洗浄工程をひと通り見せてもらった。
まず大事なのは観察。どこがどの程度汚れているのかを把握し、手入れする方針を立てていく。T&Kでは必ず、お客様から預かったままの状態を記録しておくために靴の写真を撮り、汚れの状態を見極めている。
最初は靴ひも。洗剤は弱酸性がおすすめで、靴本体にも同じ物を使う。靴専用洗剤ではなく、市販の弱酸性ハンドソープやボディソープで十分とのこと。
たわしは大・中・小と用意し、スニーカーの部位によって使い分ける。汚れの度合いやスニーカーの色によって、洗い方も変える。激しく汚れた白いひもは、洗剤とたわしでこすり、汚れの少ないものや色物はつけ置き洗いに。
靴ひもを洗い終えたら、次は靴本体。地面に接する底(アウトソール)とキャンバス地のアッパー部分は洗剤とたわしで洗っていく。ミッドソールや爪先のゴムは傷つきやすいので、たわしでこするのは避ける。メラミンスポンジを使えば、汚れはみるみる落ちていく。汚れがちな爪先やかかとは、洗剤をたっぷりつけて一気に洗う。
ミッドソールの汚れを落とすには消しゴムが効果的といわれているが、消しゴムはこすると熱を持ち、靴のゴムを溶かしてしまうこともある。メラミンスポンジの方がベターだ。
靴底に多いトラブルが、ガムのこびりつき。たわしでゴシゴシこすってもなかなか落ちない。そこで登場するのがサラダ油だ。ガムは油に弱いので、少量を綿棒や布にとって優しくこすれば簡単に落ちる。ただし、つけ過ぎると滑りやすくなったりするので注意が必要。
意外に知られていない裏技として、必ずやってほしいのが内部のゴミ取り。実は靴の内側には相当な量のゴミが溜まっていて、それが臭いの一因となっている。専用道具は一切必要なし。ピンセットや爪楊枝、割り箸など、一般家庭にあるものを使って隅のゴミを取りのぞき、インソールは洗剤と歯ブラシでこすり洗いする。
靴全体をチェックし、汚れている部分を洗っていく。靴ベロ(シュータン)の部分はひもの跡が付くことが多く、汚れが目立つ。あまり強くこすると生地を傷めてしまうので、完璧に落とし切ることを目指すのではなく、ある程度のところで止めておく。
頑固な汚れを落としたいからと漂白剤や中性以上の洗剤を使うと、変色して黄ばみがかったシミになってしまう。弱酸性の洗剤を使うのがおすすめだ。
洗い終わったら逆さにしてよく水切りをする。型崩れしにくいスリッポンタイプであれば、洗濯機の脱水にかけてもいい。とにかく、完全に乾くまで干すのがポイント。自宅でスニーカーを洗うと乾燥が不十分な人が多く、それがカビや臭いの原因となる。必ず陰干しにして、しっかり乾すことが重要だ。
ドライヤーを使って乾かす際には、温風は使わず冷風で。一般的に靴に使われている接着剤は熱に弱く、45℃以上で溶けてしまうからだ。
完全に乾燥したらひもを通し、仕上がりをじっくりと観察。汚れがスッキリと落ちている。キャンバススニーカーは家庭でも手入れしやすいアイテムなのだとか。プロの技を取り入れられるので、ぜひ参考にして洗ってみて欲しい。
毎日のブラッシングが靴をきれいに保つ。
次に、革靴の手入れ方法を見ていこう。スムースレザーもスウェードも、革靴は履いた後や手入れ前に全体をブラッシングするのがメンテナンスの基本。汚れの蓄積を避けることが、長持ちさせるコツだ。
小さなダメージを負えば負うほど、革は退色・変色が起こり、ひどい場合には補色が必要なことも。スウェードの場合は特に、毛の間に入った細かい砂などを弾き飛ばすようにブラッシングしていく。
臭いの原因となる靴の内側のゴミはしっかり取る。
スニーカーと同様、臭いの原因となる内部のゴミを取り除こう。ササッと取っただけで、大量のゴミが出てきて驚いた。男性のシューズはほとんどがこんな状態なのだとか。
外側の汚れと内側のゴミを取り除いたら、革靴も水洗い。プロのメンテナンス店ではスムースレザーもスウェードも丸洗いするが、自宅では難しいのだそう。乾燥に時間がかかり、シミの発生など、トラブルにつながることが多いためだ。
自宅では、タオルにハンドソープなどの弱酸性洗剤(あれば皮革専用洗剤)を含ませ、少しずつ洗っていく。どうしても丸洗いしたい場合は必ず冷水で行なうこと。冷たいと皮が引き締まる上、使われている接着剤が溶ける心配もない。
洗剤を染み込ませた布で洗う場合は、シミになっていないかなど、革の様子を見ながら少しずつ丁寧に。湿った部分をドライヤーで乾かしながらやるといい。その際は冷風にすることをお忘れなく。
自宅で試せる靴クリーニングのポイント。
T&Kでは預かった靴を専用室に入れ、12〜24時間、除菌消臭を行う。T&Kが調べたデータによると、最初の3時間はあまり菌が減らず、8〜12時間で最も除菌効果が出るという。
多くのメンテナンス指南本には、「型崩れ防止のため、靴を脱いだらすぐシューキーパー(シューツリー)を入れる」と書いてあるが、T&Kではおすすめしていない。
木製のシューキーパーは確かに湿気を吸収するが、靴の中ではその湿気の逃げ場がないのだ。脱いだばかりの靴には、シューキーパーより100円ショップなどに売られているシリコン製のキッチンシートが有効。柔らかく様々な形に対応できるので、丸めて靴の中に入れておけば、型崩れもせず、湿気も蒸発する。シューキーパーは、完全に乾燥した靴を長期保存するときに使う。
靴のお手入れは、ブラッシングに始まりブラッシングに終わるという。T&Kでも靴の素材や工程に応じて、いくつものブラシを使い分けていた。
毛先が固く鋭いため、ホコリや汚れの除去、ツヤ出しに便利な豚毛ブラシ。毛先が繊細で軟らかいため、仕上げに使用する馬毛ブラシ。変わったところでは、ムートンの毛並みを整えるために特製の金属製ブラシを使っている。
ケアして長く付き合う、ちょっとしたコツ。
防水スプレーの汚れ防止効果はとても高いが、間違った使い方をすると大変なことになる。知っておくべきなのは、“防水”と“撥水”の違いだ。
水の浸透を防止するスプレーは、まとめて“防水スプレー”と通称されているが、厳密にいえば防水と撥水に分かれ、防水スプレーはシリコン系の液体、撥水スプレーはフッ素系の液体が使われている。シリコン系の防水スプレーは革の内側に入り込んで水を染み込ませないようにし、フッ素系の撥水スプレーは革の表面に薄い膜を張って水やゴミを弾く。
通常の雨ならフッ素系の撥水スプレーで十分だが、大雨や水たまりに入ったときは水が染み込む。一方、シリコン系の防水スプレーは水たまりにドボンと入っても大丈夫だが、色の薄い革靴にかけると、液体シリコンが革に入り込み黒いシミを作ってしまう。
つまり、防水スプレーを使って良いのはキャンバス系のスニーカーで、革や合皮には撥水スプレーを使った方が良い。フッ素系かシリコン系か、表示をチェックしてから使おう。
ムートンブーツを裸足で履くのはOK?
UGGなどに代表されるムートンブーツは、素材のムートン自体が通気性に優れ、蒸れにくいといわれているため、裸足で履いても臭くならないという認識が広がっている。だが、これは誤解なのだとか。裸足で履けば汗を吸い込んで細菌が繁殖し、当然の結果として臭くなる。きれいに履いて長持ちさせたいのなら靴下を履いたほうがいい。
臭い対策として一般的な除菌消臭スプレーは一定の効果があるが、過信は禁物。スプレーで臭いの元の細菌を殺しても、その死骸は靴の中に蓄積されていく。臭いを消すためには、細菌を取り除くことが肝心だ。靴を脱いだらまず、固く絞ったタオルで中を拭き、それからスプレーをすると防臭効果が高まる。
カビが生えた靴をきれいに洗っても、またカビが生えてしまうことがある。その原因は下駄箱の中に残っているカビの元なのだとか。
靴と合わせて下駄箱の手入れも必要だ。靴のメンテナンスは、毎日のちょっとしたことの積み重ねから。今回紹介した方法で、大切な靴と長く付き合っていこう。
取材協力:株式会社 T&K