イエローブーツ‧フィールドブーツ‧デッキシューズ…etc. 今こそ履きたい〈ティンバーランド〉【人気定番モデル5選】
かといって「人のなんと欲深きことか」と嘆くのはナンセンス。目の前に足元の選択肢が幾多数多あれば、最適解を選ばずにいられないのが、我らモノ好きの性。そこで、若人からファッション玄人まで、“いま履くべきモノとは何か”と考える。
導き出されたアンサーは、生まれも育ちもアメリカ合衆国・ニュー ハンプシャー州。コチカネット川で産湯を使い、性はティンバー、名はランド。人呼んで〈Timberland ティンバーランド〉と発しやす。昨年、創立50周年を迎えてなお、その勢いは止まることを知らないストリートのオールタイムフェイバリットも、『knowbrand magazine』を読んで識れば、siriいらず。それでは、いざご開帳――。
※当記事で紹介する各モデル名の欧文表記は、米国公式サイトに準じます。
世界中に根を張り枝葉を伸ばし、
ストリートに君臨するなる大樹
ブラックカルチャーと密接に結びつくシューズブランドとして、世界中のストリートにその名を轟かせるティンバーランド。だが、ユーラシア大陸にそのルーツがあることを知る者は少ない。創業者は、ユダヤ系ロシア人のネイサン‧シュワルツ。1902年に、ウクライナ(当時はロシア帝国)のオデーサ(旧称:オデッサ)という街で代々、靴づくりを生業としていた一族の元に生まれた彼とその家族は、苦しい生活から逃れるべくアメリカへと移住する。第一次世界大戦の少し前の話だ。
希望を胸に訪れた新天地。ここでも一家の生業は変わらない。それを証明するように、ネイサンは弱冠16歳で、マサチューセッツ州ボストンの靴屋に弟子入りし、裁断から縫製、ソールの貼り付けまでレザーブーツを製作する技術を習得する。時は1918年。第一次世界大戦が終わりを告げ、アメリカが繁栄の時代を享受していく、そのとば口のこと。ティンバーランドの靴作りを語る上で外せない前日譚“エピソード0”は、ここで一旦幕を閉じる。
そして時計の針は一気に飛び、メインストーリーの幕開けは1952年。サウスボストンの製靴会社「アビントン‧シュー‧カンパニー」の全株式の半分を入手し、1955年に、全株を取得したことで経営権も獲得。これを機に、息子のシドニーとハーマンも会社の経営に参加。シュワルツ一族によるファミリービジネスはいたって好調。1965年に息子のシドニーが、「インジェクション成型(射出成型技術)」を採用した画期的なブーツ製作に成功し、ますます順調。そんな最中の1968年。創業者のネイサンが勇退し、ハーマンが跡を継ぎ社長就任。彼のもとで同社は、更に大きく成長を遂げることとなる。
そして1973年、ここでようやっと誕生する〈Timberland ティンバーランド〉のブランドネーム。追っかけ5年後の1978年には、社名も「ザ‧ティンバーランド‧カンパニー」に改名。これ以降、2023年に創業50周年を迎えるまでの間に、数多の名作モデルが、創業の地であるアメリカ北東部、ニューイングランドから世界中に発信され、今日へと至る。では、ここからは定番人気を誇る名作モデルを介して、ブランドヒストリーを紐解いていこうではないか。
〈Timberland ティンバーランド〉の
人気定番モデル①
「Premium 6-Inch Waterproof Boot
6インチ プレミアム ウォータープルーフ ブーツ」
ヒップホップカルチャーを象徴する
アイコン“イエローブーツ”
ティンバーランドの名を聞いて、誰しもがまず思い浮かべるのが、ウィートカラー(小麦色)のヌバックレザー、足首を保護するパッドを備えた6インチハイト、タフなラグパターンのソールが織りなす三位一体。通称“イエローブーツ”こと「Premium 6-Inch Waterproof Boot シックスインチ プレミアム ウォータープルーフ ブーツ」であるに違いない。
1973年に森林作業者向けとして開発された同モデルには、2つの画期的技術が用いられている。1つ目は、1965年にシドニーが導入した「インジェクション成型=射出成型技術」。液状の原料を金型に入れてソールを成形するとともにアッパーの革に圧着することで、ソールとの縫い目からの浸水をシャットアウト。2つ目は、「シリコンを染み込またヌバックレザー」。これをアッパーに用いることで表面の水を弾き、内部を快適にキープ。この2つを組み合わせて誕生した世界初の完全防水ブーツに与えられた名が、“森林地”を意味する「Timberland ティンバーランド」。当時は、このモデルのみを指す唯一無二の称号でもあった。
高い職人技により生み出されたこの頑丈なブーツは、創業者・ネイサンが標榜した“ニューイングランドの過酷な自然環境で働く労働者に向けたブーツ作り”の完成形として、瞬く間に評判となり、そのルックスから“イエローブーツ”の愛称で呼ばれるように。ちなみに初期型は8インチで、トップにはDリングのフックが採用されており、モデル名の刻印も違う位置に入っていたそう。なお6インチの登場は3年後の1976年。
以降、ワークブーツとして人気を博していたイエローブーツだが、1980年代に入るとファッションアイテムとしても脚光を浴び始める。この動きは意外にも、大西洋を渡ったイタリアからだった。当時のイタリア‧ミラノでは、アメリカ文化に影響された良家の若者たちのライフスタイルが注目を集めていた。
バー「アル パニーノ」に集まり、アメリカ的なファストフードを好んだことから、イタリアのサンドイッチ「パニーニ」にちなみ、“パニナリ”と呼ばれていた彼らのファションの基本は、プレッピー風のアメカジにヨーロッパのデザイナーブランドなどをミックスしたもの。色鮮やかなダウンジャケットに、ふくらはぎまでロールアップしたジーンズ、そして足元はイエローブーツというのがお約束。イタリアでは『PANINARO パニナロ』という雑誌も発行されるほどの社会現象になっていたとか。
さらにティンバーランドの人気は、1980年代後半から急成長中のヒップホップシーンへと飛び火。イエローブーツが〈adidas アディダス〉や〈NIKE ナイキ〉のスニーカーとともに人気を博し、1990年代には、アメリカ西海岸で台頭したギャングスタ系ヒップホップに呼応して、腰履きジーンズにイエローブーツを合わせたプリズンスタイルのファッションが大流行。〈Dickies ディッキーズ〉や〈Carhartt カーハート〉など老舗ワークブランドのアイテムとの合わせが、ある種のステータスに。
となれば負けていられないのが、同じくアメリカ東海岸のヒップホップ界隈。The Notorious B.I.G、Wu-Tang Clan、Nas、2pac、Das EFXなど、多くのスターラッパーがイエローブーツを愛用し、ティンバーランドはアメリカのフッズカルチャーを象徴するアイコンの1つとして、完全に市民権を得るに至った。
そして1990年代に突入。ここ日本でもヒップホップファッションが浸透しはじめ、海外のアーティストに影響された日本のヒップホップ‧アーティストもこぞってイエローブーツを着用。1993年に刊行された井上三太氏のマンガ『TOKYO TRIBE』の作中においても、ティンバーランドの店舗ショーウィンドウに張り付くヘッズたちが「金はないけど いつかGETしてやる」と話す場面が描かれており、当時いかに憧れの存在だったかが伺い知れる。さらに2002年には、EMINEMが自伝的映画『8Mile エイトマイル』でイエローブーツを着用し、日本でも人気を不動のものに。
そして時は流れ、蜜月関係にあるヒップホップと共に50周年を迎えた2023年には、未来を見据えた新プロジェクト「FUTURE 73 フューチャー 73」がスタート。ストリートシーンを牽引する6名のデザイナーやアーティストを、“Future Makers-未来を紡ぐ冒険者たち-”として招聘し、再構築されたイエローブーツを発表。これにより、いつの時代も色褪せない魅力を放つ名作であるという、揺るぎなき事実を世界に証明してみせた。
〈Timberland ティンバーランド〉の
人気定番モデル②
「Waterproof Chukka Boot
ウォータープルーフ チャッカ ブーツ」
汎用性が増した
イエローブーツ・ファミリーの次男坊
続く2足目としてピックアップするのが、「Waterproof Chukka Boot ウォータープルーフ チャッカ ブーツ」。通常であれば、モデル名を挙げるまでにもう少し勿体つけるところだが、正直語るべきところが少ないのでご容赦願いたい。百聞は一見に如かずということで、写真をご覧頂ければ分かるように6インチ プレミアム ウォータープルーフ ブーツにさも似たり。それもそのはず、イエローブーツを短くチャッカブーツ仕様にアレンジしたのが本作。
大きな違いはと言えば、ハイトに尽きる。アイレットの数が6つから4つになった分、脱ぎ履きしやすくなるも、防水機能やクッション性の高いインソールといった機能性は変わらず据え置き。イエローブーツの定番スタイルとして、シューレースをあえて結ばずシュータンを前にダラッと垂らす履き方がお馴染みだが、極太ジーンズの裾で地面を掃除することなくクールに履きこなすためには有効でも、実際は歩きにくく閉口した人も多いはず。
その点、コチラはシューレースをユルめても履きやすく、嬉し楽し。しかも甲部分のボリュームが増したことで、着こなしの幅を広げる1つの選択肢となり得る。よって下位互換ではなく、用途に応じて進化した1つのバリエーションと捉えるのが正しい。
ちなみにイエローブーツ・ファミリーには、三男にあたる「CLASSIC OX クラシック オックスフォード」が存在する。アイレットの数は同じく4つだが、アンクル部分のパッドが低く、ハイトはくるぶしにややかかるローカット。ヒールカウンターがサイドまで伸び、ロゴもその上に刻まれる。どうせならば、徐々に細めと移行している昨今のボトムス事情を先読みして、あえて“じゃない方”を選んでみるのもアリかもしれない。
〈Timberland ティンバーランド〉の
人気定番モデル③
「3-Eye Lug Handsewn Boat Shoe
3アイ クラシック ラグ」
渋カジ世代を虜にした、
ヘビーデューティなボートシューズ
イエローブーツで成功を収めたティンバーランドは、“ブーツ開発で培った技術を生かし、日常のあらゆるシーンにおいて人々の足元を守りたい”という創業者の思いを胸に、新たなスタイルを確立する。時代は1978年。当時のアメリカではベトナム戦争が終結し、自然や健康を意識したライフスタイルと、本物志向で質実剛健なギアを求める声が拡大していた。そんな中で誕生したのが、「3-Eye Lug Handsewn Boat Shoe スリーアイ クラシック ラグ」である。このムーブメントは、のちに日本のメンズファッション誌『メンズクラブ』が“ヘビーデューティ”と名付けて提唱したことで、現在のメンズカジュアルファッションの礎となるブームを巻き起こすこととなる。
イエローブーツとはまた趣を異とする本作。特筆すべきは、熟練の職人によるクラフト感だろう。オイルを含ませて撥水効果を加えた、柔らかなプレミアムフルグレインレザーの一枚革で靴底から側面までを包み、甲部分に被せたレザーパーツと縫い合わせる製法、“拝みモカ”を採用。蝋引きされた糸も耐久性を引き上げ、履き込むほどに足へと馴染み、周囲に高級感と品格を強く印象付ける。
同様に、タフな印象作りに一役買っているのが、厚みのあるラグパターンのラバーアウトソールだ。悪路でも快適な歩行を可能とし、着用するとスタイルUP効果をもたらすという声もあった。実際、他ブランドのローファーやモカシンシューズと比較してもボリュームの違いは一見して分かるほど。それでいて、ヒール下部のつまみ縫いされた「キッカーバック」に片足を引っ掛けることで、手を使わず容易に脱ぎ履きも出来るのだから、モカシンよろしく拝まずにはいられない。
また、アッパーのもう1つの要所である「360°レーシングシステム」にも注視。グルリと一周するシューレースがフィット感を高め、履き口部分のホールド感を向上。履きやすさを格段に上げる一助となるだけでなく、質実剛健でクラシカルな雰囲気をも演出する。
同様に、タフな印象作りに一役買っているのが、厚みのあるラグパターンのラバーアウトソールだ。悪路でも快適な歩行を可能とし、着用するとスタイルUP効果をもたらすという声もあった。実際、他ブランドのローファーやモカシンシューズと比較してもボリュームの違いは一見して分かるほど。それでいて、ヒール下部のつまみ縫いされた「キッカーバック」に片足を引っ掛けることで、手を使わず容易に脱ぎ履きも出来るのだから、モカシンよろしく拝まずにはいられない。
なお、このスリーアイ クラシックラグが日本で人気に火が着いたのは、1980年代後半~1990年初頭。トレンドの発信地となっていた東京‧渋谷から始まった「渋カジ(渋谷カジュアル)」の大流行に端を発する。ダブルブレストで金ボタンの紺ブレザーに、〈POLO RALPH LAUREN ポロ ラルフ ローレン〉や〈Brooks Brothers ブルックス ブラザーズ〉の白いボタンダウンシャツ、チノパンやチェック柄のパンツといったプレッピー要素をアメカジにミックスした着こなしに、同モデル(当時は「ハンプシャー」と呼ばれていた)を履いた若者たちがセンター街や表参道を闊歩。
当時の流行を追った、ジャーナリスト・増田海治郎氏の著書『渋カジが、わたしを作った。』(講談社刊)内でも、渋カジの足元の代表選手は間違いなく『ティンバーランド』だったこと。そしてイエローブーツに先駆けて、ティンバーランドの名をストリートへと広める1つの契機になったことが記されている。
また、同時期に愛用者の1人だった〈ENGINEERED GARMENTS エンジニアド ガーメンツ〉デザイナーの鈴木大器氏は、ジーンズやチノ、軍パンに合わせてよく履いていたと話し、「特にオリーブ色のパンツには、このラグソールのゴツいワックスハイドが良く合って、ほぼ万能的に使えるマストシューズだった」と証言している。さらにブラックミュージック愛好家に聞くと、「ここ1番のシーンで履く勝負靴だった」と語る者も多い。これらの声が、“どんなスタイルにでも合う”という汎用性の高さを如実に示している。
〈Timberland ティンバーランド〉の
人気定番モデル④
「Waterproof Field Boot
ウォータープルーフ フィールド ブーツ」
ワーク×ハイクという
“伝統と革新のハイブリッド”モデル
途中で若干の寄り道こそあったものの、概ね年代順に歩みを進めてきた本稿。続いては時計の針を5年進めて、1983年。この大きな時代の変革期に、クラシックなワークブーツとモダンなハイカーシューズを融合させることで、“伝統と革新のハイブリッド”に挑んだ「Waterproof Field Boot ウォータープルーフ フィールド ブーツ」を取り挙げぬわけにはいかない。
初期モデルでは7アイレットでふくらはぎまで届くハイトだったが、時代と歩調を合わせていく中でミドルカットが登場し、現在のスタイルへと至る。このスタンスは機能面においても例に漏れず、見た目は変わらずとも細部がアップデートされ続けている。
まず顕著なところでいえばアッパー。防水加工が施されたウィートカラーのプレミアムレザーとホワイトのメッシュテキスタイルのコンビネーションに加え、独自の防水技術「ティンバードライ」採用のライナーにより、高い防水性を実現させた。履き心地に関与する部分を挙げるならば、着脱しやすく抜群のフィット感が得られるDリングのアイレットも、ちょっとした工夫だが見逃せない。
履き口のボリューミーなレザーパッドとシュータンには、保温性に優れた機能中綿「プリマロフト」をインサレーションとして封入。高い通気性と抗菌性を発揮する「オーソライト インソール」と共に、天候を問わず足全体をしっかりと保護してくれる。加えてアッパーサイドでは、本モデルで初採用されたゴールドプレートが無二の存在感を放つ。
かようにタフでありながら高級感を備えている点がヒップホップ界隈の嗜好にマッチし、2000年代にはストリートのアイコンと呼ばれるまでに。〈Supreme シュプリーム〉など数多のストリートブランドが別注ベースに選んでいることが、その何よりの証左。ちなみにこの配色は、アメリカでお馴染みのジャンクフード「マカロニ&チーズ」に酷似しているという理由から、親しみを込めて「マッケンチーズ」と呼び慣わされている。日常で役に立つ場面は特にないが、知っているとストリートIQ高めに思われるので、ぜひ覚えておきたい。
ここで機能面をもうひと掘り。ソールに採用されているのは、不安定な足場でも高いグリップ力を発揮するラバーラグアウトソールで、水辺や岩場といったフィールドも安全安心。外からは見えない部分ではあるものの、フットベッドには「アンチ ファティーグ テクノロジー」が搭載され、歩行時の衝撃をエネルギーへと変換する逆さ円錐システムが、快適性を一日中キープする。
ブランド生誕の地であるニューイングランドの過酷な自然環境と、様々な路面状況に対応する実用性を備えたこのモデルは、ハンターやハイカーといったアウトドア愛好家たちの支持を獲得。その優れた履き心地から付けられた“スニーカーブーツ”という愛称はフィールドを飛び出し、摩天楼が乱立するアスファルトジャングルにまで、瞬く間に広まっていった。
〈Timberland ティンバーランド〉の
人気定番モデル⑤
「Euro Hiker Leather Boot
ユーロ ハイカー ハイキング ブーツ」
ヨーロピアンでドープな雰囲気を漂わす、
ティンバー第3の刺客
ティンバーランドを代表する人気定番モデルたちにスポットライトを当ててきた前編も、いよいよラストワン。イエローブーツ、スリーアイ クラシックラグと並んで、3大アイコンモデルの一角に数えられる名作「Euro Hiker Leather Boot ユーロ ハイカー ハイキング ブーツ」が、満を持しての登場と相なる。
その最大の特徴は、軽量さと快適な履き心地。現代の感覚からするとアウトドアカテゴリーであれば当然に思えるが、デビューは1988年。当時のハイキングシューズといえば、タフではあるものの軽さや快適さとは程遠い重厚な作りが主流だった。そんな中で、オーセンティックなデザインと屈強さを取り入れたオイルドのレザーアッパーに、より軽くより柔軟なソールをセットし、快適すぎる履き心地を実現させたのがユーロハイカーだった。
機能性を具体的に述べると、クッション性が高く衝撃吸収に優れたEVA樹脂をブレンドしたミッドソールと、耐久性とトラクションに優れたラバーラグアウトソールの功績によるところが大きい。ハイキング用でありながら、スニーカーのように気軽に履けるユーロハイカーの登場が、“デイハイキング”というカテゴリーを周知させる一因となったことは想像だに難くない。さらに90年代半ばには、野山を離れ、ストリートでも拍手を持って迎え入れられるように。
カルチャーと密接にリンクしたファッションを提案する、東京・吉祥寺のセレクトショップ「the Apartment ジ アパートメント」のディレクター・大橋高歩氏は、メディアでのインタビューで、「ユーロハイカーのダークな配色が、当時のアメリカ東海岸のラッパーたちが着ていたウッドランドカモや落ち着いたトーンのファッションとドープな音と相性が良く、人気が高まっていった」と回想している。
また、同氏の「シェイプがティンバーランドの他モデルより、少し細めだったと思う」という証言にも、ヒントが隠されている。当時は、〈GUESS ゲス〉や〈Marithe + Francois Girbaud マリテフランソワジルボー〉に代表されるバギーデニムの全盛期。その極端にテーパードしたシルエット&狭い裾幅に、ユーロハイカーと合わせた際のバランスが絶妙で好んで合わせていたと見解を述べており、これらの理由から、ファッションアイテムとしても支持を集めたと考えられる。
そんな名作も日本では長らく廃番になっていたのだが、2022年に十数年ぶりに日本でも待望の復刻を遂げた。ただし、シェイプに関しては当時のものより履きやすくなっている模様。オリジナルに固執せず、時代と共にアップデートされた現行モデルを選べば、より快適にファッションが楽しめることだろう。
諸行無常は世の常。なれども変わらぬモノもある。
伐採された森林地の樹々が姿を変えて人々の生活を支えるように、
日々、加速度的に移り変わるストリートの真ん中で
アップデートを繰り返しながら、足元を支えるティンバーランド。
上へと芽を吹かすため下へと根を深く、広げた枝葉は枯れることなく、その威勢はまさにツリーロゴの如く。
「何が流行りとか知らねぇが 靴箱にゃあるぜティンバーランド」なんてリリックもあるように、
これからも、不動のオールタイムフェイバリットであり続ける。
次回の【コラボレーションモデル編】では、今回ピックアップした定番人気モデルと、ストリートでは誰もが知るブランドとの共創により誕生した5つのモデルを紹介する。