FASHION

あらゆる境界線を無力化する“猛毒”、アンダーカバー【前編】

まさにカリスマ。〈UNDERCOVER アンダーカバー〉という名前は、ファッション好きであれば誰しも聞き覚えがあるだろう。かつて日本の“裏原”カルチャーを牽引し、今や世界中でカルト的人気を誇る同ブランドは、その圧倒的な世界観を多彩なクリエイションを通して発表し続けている。

では、どうしてそれほどまでに人々を魅了するのか。月並みな言い方になるが、デザイナー高橋盾の創るモノが常に新しく、面白いからだろうか。アウトプットは服だけに限らず、ストリートとモードの境界線を自在に行き来し、ひとつの場所にとどまらない。その存在自体がカルチャーとさえ言えるような “毒っ気”は、一言でくくるにはあまりに芸術的だ。

そんな驚くべき作品を生み出すデザイナーの頭の中を覗き見ることはできないが、誰しもが彼の服を見て、着ることはできる。そうして僕らはまた、アンダーカバーの虜になるのだ。

“裏原”に集う綺羅星のようなタレントたち。

「ジョニオ」の愛称でも知られるデザイナーの高橋盾が〈UNDERCOVER アンダーカバー〉を立ち上げたのは1990年頃のこと。当時まだ専門学生だった彼は、同じ学校に通う一ノ瀬弘法氏(ヴァンダライズ・デザイナー)とともに革命に着手した。始まりは、前身頃をガーゼに切り替えて、赤く染めた手刷りのTシャツ。ブランド名は「秘密めいたもの」を示す造語だという。

高橋が幼少期より好んだパンクロックの反骨精神を軸にしたクリエイションは、ふたりの卒業を契機にさらに加速。そして93年、高橋は同じく音楽と服が好きなもうひとりの青年と原宿の路地裏に小さな店をオープンさせる。パートナーは、のちに〈A BATHING APE® アベイシングエイプ〉を立ち上げて一世を風靡するNIGO®。彼と作った伝説のショップ「NOWHERE」にはファッショニスタが溢れかえり、以降“裏原系”と呼ばれるムーブメントの先駆けともなった。
(→〈A BATHING APE〉に関する特集記事はこちら

とはいえ、当時20歳そこそこだった彼らが独力でショップを開くのは容易ではない。それを支えたのが、すでにストリートで多大な影響力を持っていた藤原ヒロシだったと言われている。DJというスタイルを日本に初めて持ち込んだことでも知られる彼は、“音楽”をベースにかねてより親交のあった若き才能をサポートすべく、ショップのオープンや各媒体への露出面でもバックアップを買って出たという。

かくして、一躍時代の寵児となったアンダーカバーはますますの進化を遂げていく。ひとつの時代、ひとつの場所で多くのタレントが出会い、世界観がより強固に構築されてく過程はまさに奇跡的。そんな醸造のプロセスにも、ブランドとしての魅力が潜んでいるように思う。

世界が認めたストリートとモードの融合。

90年代初頭のアンダーカバーは、バブル崩壊後の不安定な情勢を蹴り飛ばすかのような勢いを持った、ユースカルチャーの体現者ともいえよう。彼らのアクションがさらに多くの注目を浴びるきっかけとなったのが、94年の東京コレクションデビューだ。既製服を解体して再構築したような作品が、世間の度肝を抜く。斬新な手法でストリートとモードをミックスし、両者の境を曖昧にした。

そして日本で多くの賞を勝ち取り、ブランドは次なる高みを見据える。増幅し続ける海外のファッションフリークからの熱量を感じてか、2002年にはパリコレクションでデビューを飾るのだ。しかも、レディスブランドとして。ここにも、デザイナーとしての柔軟な発想、姿勢がかいまみえるだろう。

その後も精力的にショーに出演して名声を高めていくわけだが、なかでもファンを滾らせたのが04-05年AWシーズンの「BUT BEAUTIFUL…」、通称「BUT期」の作品。グランジ的な匂いを漂わせながら世の中の「美」と「醜」をミックスさせたようなクリエイションは、今見ても実に鮮やかだ。

その代表格が、いわゆる「68デニム」だろう。当時の定価が68,000円だったことに由来する本作は、タイトなシルエットに過激なダメージやリペア跡を加えたハードなビジュアルが特徴。一方で、左膝にはアイコニックな赤いステッチを入れ、退廃的なムードに一輪の華を添える。あまりの人気ぶりに、ステッチの色を変えた復刻版も発売されている。

「BUT BEAUTIFUL… 」をテーマとした04-05年AWシーズンの代表アイテムである通称「68デニム」

右:オリジナル 左:復刻

ダブルのライダースジャケットもまた、同時期のスマッシュヒットアイテムだ。デザイナー自らが着込んだヴィンテージをモチーフにしたとされる1着は、経年変化を表現したレザーの質感と煌びやかなスタッズが、独特のコントラストを描く。ブランド生誕25周年の16年SSコレクションは「THE GREATEST」と銘打たれ多くのマスターピースが復刻されたが、当然そこにも名を連ねた不朽の名作である。

2016SSコレクションで復刻された「THE GREATEST」ライダースジャケット

アイコンに示されるブランドの価値観。

前述の「BUT BEAUTIFUL…」「THE GREATEST」など、アンダーカバーのコレクションは回ごとにコンセプトが異なり、美しくもグロテスクな物語を紡いでいく。そのなかで世界観の増幅装置となるのが、アイコンの存在。ロゴやキャラクターなどに代表されるそれらは、服だけに現出するとは限らないからより興味深い。

最も著名なのが、「GRACE」と名付けられたクリーチャーだろうか。ヘッドライトのような一つ目を持つ奇怪な生物は、もとはデザイナーが生み出したぬいぐるみである。存在価値から生誕の意図まで、そのほとんどが謎。それらを解き明かすために写真集が作られるなど、まさにサブカルチャー的な発展を遂げている。そういった流れすべてがアンダーカバーという世界観に帰結し、不可思議な魅力を増大させていく。

では、これまでアンダーカバーの服を彩ってきたその他のアイコンを見ていこう。まずは通称「Uロゴ」。アルファベットのUにアンダーバーをつけたシンプルなビジュアルはブランド黎明期から使われ、多くの人にとってブランドロゴ同様の親近感があるかもしれない。必然的に、Tシャツをはじめジャケットやスウェットなどバリエーションは多彩。普遍的な記号ながらブランドが歩む背景を匂わす唯一性は、他に類を見ない。

ブランド黎明期から のアイコン「Uロゴ」

Uロゴがプリントされた名作コーチジャケット

02年SSでデビューを飾ったハンバーガー「BUDDAH BURGER」も印象深い。ポップでありながら、どこかダーク。こちらも多くのアイテムに採用されたイラストで、12年にZOZOVILLAで開催された名作Tシャツの人気投票では3位にノミネート。他の人気デザインとともに復刻が果たされている。

「BUDDAH BURGER 」

「目隠しベアー」の名で愛されるモチーフも、「BUDDAH BURGER」的ポップ&ダークな雰囲気を纏う。まるで犯罪者のように目が隠された大きなクマが、同じく目を隠された小さなクマを抱く姿には、心温まる一方で微かな胸騒ぎを覚える。ここにも、ブランドの根底をなすであろう“両極端な価値観のぶつかり合い”が見て取れる。

通称「目隠しベア―」

最後にもうひとつアイコンのご紹介を。レディスの14-15年AWで登場したりんご型の明かりを基とする「gilapple」にも触れておこう。りんご=禁断の果実。それだけで深みを感じさせるが、「gila」とは実は前述の「GRACE」に関連する組織の名称でもあり、ライトを備える点でも共通。やはり公式には多くは語られないものの、その神秘性もまたファンにはたまらないのだ。

ますます冴え渡る近年のコレクション。

以降もコレクションに参加するたび、斬新なアイデアで人々を驚かせ続けてきた。今年6月のパリコレでは漆黒のアイテムに別布で人物のシルエットを配するなど、ミニマルかつディープなショーを展開。また、近年ではカルト映画へのオマージュも多く見られ、人物のポートレイトなど大胆なグラフィックアートが強い印象を与えた。それらは、ブランドの新たなアイコンと謳えるかもしれない。

例えば16-17AWのウィメンズコレクションでは、全面に女性の顔をコラージュしたパンツが登場。ゆったりとしたシルエットで生地のたなびき、それに合わせて女性の顔が歪むようなギミックが、多少の毒気と幻想的な雰囲気を両立させる。

16-17AW のウィメンズコレクション「perfect day」。パリで行われたショーでは音楽を藤原ヒロシが手掛けた。

映画「THE WARRIORS」にインスピレーションを受け、「THE NEW WARRIORS」と題されたのが19年SSのメンズコレクション。モデルとして登場した8組のグループがそれぞれ異なる趣の衣装を身にまとい、映画のような演出が披露された。そのうち、「VALDS」と呼ばれる“ドラキュラ集団”においては、黒.白のワードローブがキーファクターに。

19年SSのメンズコレクション「THE NEW WARRIORS」の一着。プリントはイギリスのロックバンド「Bauhaus バウハウス」がモチーフ。

イギリスのロックバンド「バウハウス」のポートレイトをブラックボディに乗せたジャケットなど、ストイックな色使いの中でブランドの土台ともいえる音楽的要素を覗かせた。

あらためて、なぜアンダーカバーは特殊なのか。 

モードとストリート、ひいては美と醜。一般的には相反すると思われるものを華麗に手なづけてきたアンダーカバーの手腕は、見事というほかない。それは常に、現代社会を生きる我々に「何が正しいのか」と問い詰めるようでもある。

おそらく正しいものなんてないし、誰かの価値観に必要以上に寄り添わなくていい。そんな厳しさとも優しさともとれるメッセージを、アンダーカバーは発し続けているのではないだろうか。そしてその特殊な中毒性は、消費者だけでなく同業のアパレル関係者にも影響。新たな化学反応ともいうべき幾多のコラボアイテムが誕生することとなる。

【後編】へ続く

ONLINE STORE
掲載商品は、代表的な商品例です。入れ違いにより販売が終了している場合があります。