春。〈VANS バンズ〉を履いて、どこまでいこう。【前編】
今回紹介するのは、そんな気分を沸き立たせるアイコニックなスニーカー。〈VANS バンズ〉の名作とともにこの春、どこまでいこうか。
スケートカルチャーと重なる
バンズの旅路。
はじめの一足のシューレースを結び始めるその前に、歴史を紐解こう。タイムレスなシンプルデザインゆえにストリートの大定番となった〈VANS バンズ〉だが、背景にはカリフォルニアのカウンターカルチャーを多分に含む。それを知らずして真の魅力には気付くまい。ということで、多少長くなるがお付き合い願いたい。
ブランドの第一歩は1966年3月16日に刻まれる。アメリカ・南カリフォルニアのアナハイムにオープンした一軒のシューズショップ。ボストンで靴の製造を学んだポール・ヴァン・ドーレン、その弟ジェームズ・ヴァン・ドーレン、友人のゴードン・リー、セルジュ・デリーアが手掛けた店先には、「HOUSE OF VANS」の看板が掲げられていた。オーダーメイドスタイルのその店ではオープン初日に12名分の注文が入り、その日のうちにアイテムの受け渡しが行われたそうだ。なお、彼らは靴の製造も行い、〈The Van Doren Rubber Company ザ・ヴァンドーレン ラバー カンパニー〉という会社も設立している。
現在のブランド名であるバンズは、「ヴァンとその仲間たち」との意味が込められたものだ。履きやすいデッキシューズに代表される彼らのプロダクトは、西海岸のサーファーたちを中心に評価を高めていった。だが、本格的に人気に火がついたのは1970年代に入ってから。その背景にあるのが、同じく西海岸で巻き起こったスケートボードブームである。
子供の遊び道具であり、サーファーの移動手段でもあったスケートボードだが、この頃からスポーツの枠を超えたライフスタイルへと変わっていく。観る者を魅了するトリックが次々に生まれる一方で、街中での“迷惑な”乗り物として社会からつまはじきにされるように。しかし、良識のある大人から排除されるほどに若者の心は激しく燃え上がり、より大きなうねりを生んだのだ。
そんなムーブメントを先導したのが、カリフォルニアのベニスビーチで結成されたスケートチーム「Z-BOYS ゼットボーイズ」である。彼らがこぞって愛用したことでバンズの立ち位置は揺るぎないものになっていくわけだが、ここではもう少しZ-BOYS、またはベニスビーチについて掘り下げていきたい。
舞台を1960年代後半のカリフォルニアに戻そう。サーフィンが盛んな当地では、“夢のリゾート地”と謳われたベニスビーチを中心に、多くの娯楽施設が立ち並んだ。しかし、経済成長の減退により夢は儚く砕け散る。閉鎖された建物が虚しく並ぶベニスビーチ周辺は、いつしかストリートギャングやドラッグの売人の溜まり場にとなり、「DOG TOWN ドッグタウン」と呼ばれるようになった。
そんななか、ドッグタウン唯一のサーフショップ「JEFF HO SURFBOARDS & ZEPHYR PRODUCTIONS ジェフ・ホー・サーフボード&ゼファー・プロダクション」を経営するジェフ・ホーとスキップ・イングロムが、1975年にスケートチームを設立。こうしてZ-BOYSの伝説が幕を開ける。
サーフチーム「ゼファー」から独立する形で新たに生まれた彼らの本領は、坂道や駐車場、廃れたアミューズメントパークなどの施設で発揮された。荒廃した“夢の跡”を、サーフィンの技を応用した立体的なトリックで駆け抜ける。その姿は革命そのものであり、彼らの足元を支えたバンズもまた、時代を変えたイノベーティブな“仲間たち”なのだ。
(→「Z-BOYS」、〈VANS〉に関連する他の特集記事は、こちら)
「AUTHENTIC オーセンティック」
今も変わらない、元祖にして正統。
前置きはこの辺までにして、バンズの代表作の紹介へと進みたい。まずは、創業時から色褪せない不朽の傑作。「AUTHENTIC オーセンティック」はその名に違わず、デビューから55年以上の歳月を経てなおブランドの「正統」として君臨する。
「STYLE #44」と品番が付けられ、前述のショップのオープン日から店頭に並んだ今モデル。現代においても幅広い着こなしに対応するが、何より特徴的なのが丈夫なキャンバス地のアッパーと、バルカナイズド製法で接着されるワッフルソールだろう。摩耗に強いタフネスと、デッキを掴む力強いグリップがスケーターから歓迎されたわけだ。当然、Z-BOYSのメンバーからも厚い信頼が寄せられた。
とはいえ、最初期のオーセンティックにはワッフルソールではなく、青色に波上の切れ込みが入った「スリットスール」が使用されていたらしい。そのため、ショップでは磨り減った片足だけの販売をするなど、オーダー対応の柔軟性と創業当時の小さな事業規模を匂わせる逸話も残っている。
踵にはブランドのキャッチフレーズ「OFF THE WALL」の文字が。直訳すれば「壁から離れる」となるが、実際には「型破り、普通じゃない(頭のイカれたヤツ)」という意味のスラングである。そもそもはZ-BOYSのトニー・アルバがすり鉢状のプールでトリックを決めた際、同オーナーであるスキップ・イングロムが「Off The Wall」と叫んだことに由来しているのだとか。と同時に、バンズのオーダーメイド方式が当時の“型破り”なやり方だったことも示唆している。
「ERA エラ」
稀代のスケーターのアイデアを具現化。
続いては、Z-BOYS発足の翌年である1976年にラインアップされた「ERA エラ」。当時は「STYLE #95」と呼ばれたモデルだが、そのデザインはオーセンティックと酷似している。それもそのはず、エラの成り立ちはZ-BOYSのトニー・アルバやステイシー・ペラルタらが、オーセンティックの履き口に綿入りパッドを入れたことに端を発する。要は、ライディング時の足への衝撃を和らげるクッションとしての役割を求めたのだ。
そのアイディアを取り入れるべく、バンズは実際にトニー・アルバとステイシー・ペラルタをブランドに招き入れる。そうして作られたエラは、スケーター用シューズの専門ライン「OFF THE WALL」の看板アイテムとして名声を高めた。
先ほども触れたように、オーセンティックとエラの差異は履き口周りの厚みにあり。さらに細かく言えば、パッドを内蔵するためのステッチワークにも違いが表れる。いずれにせよ、オーセンティックなグッドデザインを履き心地よく味わえる。現代の洒落者にとっても、嬉しい進化に違いない。
「CHUKKA チャッカ」
ボード上で映えるミッドカットの存在感。
1970年に生を受け、「STYLE #95」と名付けられたやや異色のミッドカット。かのウィンザー公にも愛されたチャッカブーツから着想を得たそれは、いつの頃からか「CHUKKA チャッカ」と呼ばれ親しまれている。
ローカットならずとも、スケートボードのための靴という基本コンセプトは健在。4つのシューレースホールや履き口のクッションパッドにより、フィット感と耐久性が担保されている。激しいトリックの衝撃に耐えつつも、ボリューミーなルックスが確かな存在感が発揮。スケートボードを操る足元が一層の羨望を集めるのは、想像に難くないだろう。
この写真のようにバンズといえばチェック柄(市松模様)の「CHECKERBOARD チェッカーボード」も象徴的だが、そこに熱視線が向けられるようになるのはもう少し先のこと。名優ショーン・ペンが劇中で履いたスリッポン……。詳しくは、今回に続く【後編】でお楽しみいただこう。
「OLD SKOOL オールドスクール」
横顔に印象的なラインを携えて。
今やブランドのトレードマークともなった、アッパーサイドのラインワーク。通称「Jazz Stripe ジャズストライプ」と呼ばれるこのディテールを初めて搭載したのが、1977年に生まれた「OLD SKOOL オールドスクール」だ。当時の呼び名は「STYLE #36」。“SCHOOL”ではなく“SKOOL”となったのは、そのクールなルックスゆえか。
印象的なストライプは、発生源もユニークである。創業者のポール・ヴァン・ドーレンは当時、他ブランドのような“ひと目でそれとわかるデザイン”を探っていた。そこで採用したのが、なんと彼の落書きをモチーフにしたあしらいだった。そんなリラックス感漂う波のマークは、“スウッシュ”や“スリーストライプ”とは一線を画し、サーファーフレンドリーなブランドイメージと見事に合致する。ちなみにジャズストライプを初採用したオールドスクールは、「Jazz ジャズ」という通り名も持つ。
また今作は、つま先やヒール、シューレースホール部の補強素材にスエードを用いた初のモデルとしても知られる。これはスケートボードだけでなく、同じく当時に人気を博したBMXに乗るシーンを踏まえた仕様。オリジナルはスエードの面積が小さかったが、アップデートを経て今のデザインに落ち着いている。
バンズ愛が深まるディテールを知る。
前編の最後に紹介するのも、何を隠そうオールドスクール。であるが、実はこちらは日本企画だ。現在のバンズはUSA企画と日本企画で展開され、同モデルであっても絶妙に雰囲気が異なるのだ。とはいえ、見た目はほぼ同じ。ここではオールドスクールを例に、見分け方を解説していく。
最も容易な見分け方が、シューズ内側のタグに記された型番。UAS企画が「VN」で始まるのに対し、日本企画は「V」のみでスタートする。こちらのオールドスクールは「V36CL」。ちなみに、USA企画については型番が記されていないことも多いので注意されたし。
サイドビジュアルにも多少の違いがあり、ジャズストライプの太さは USA企画の方が細く、波状の高低差がよりダイナミックな印象。ほか、履き口の傾斜角度やステッチにも微差がある。また、フラットなUSA企画のソールに比べると日本企画はつま先の反り返しが強い。前者がスケート時のグリップ力優先、後者は歩行時の快適性優先と言ったところか。総じて優越はつけにくいが、こんなディテールを知ることでより深くバンズを楽しめるようになるはずだ。
黎明期からスケートボードカルチャーとリンクし、ファッションアイコンとなったバンズ。その足跡はたくましさとともに、飄々とした匂いを漂わせる。難攻不落なセクションを、または刹那的資本主義が落とした暗い影を、鮮やかなトリックで攻略したスケーターとその相棒たちに敬意を評して。今こそ、バンズを履いて出かけたくなる。
引き続き【後編】でも、たっぷりとバンズの魅力を深掘りしよう。
(→【後編】につづく)