FASHION

春。〈VANS バンズ〉を履いて、どこまでいこう。【後編】

1970年代、「Z-BOYS」が牽引したスケートボードブーム。その渦中で、アメリカ西海岸・カリフォルニア発の〈VANS バンズ〉のシューズは、キャンバス地とバルカナイズド製法が生み出す丈夫さやワッフルソールのグリップ力の高さから、多くのスケーターたちに熱く支持された。

【前編】では、ブランドが辿ってきた歴史を紐解きつつ、初期の名作モデルを紹介してきた。続くこの【後編】でも、さらなるマスターピースたちにスポットライトを当てていく。

「SK8-Hi スケートハイ」
スケーターのための機能性を追求した
オリジン。

まずは時計の針を戻し、40年以上前の1978年にプレイバック。当時のラインアップにはすでに「ERA エラ」と「OLD SKOOL オールドスクール」というエースが存在し、スケーターから絶大な支持を集めていたものの、ローカットであるがため最も怪我をしやすい足首の保護という点では不十分。そこで、よりアグレッシブなエクストリームスポーツへと変貌するスケートボードシーンに合わせて産声を上げたのが「Style #38」。のちの「SK8-HI スケートハイ」である。

その名の通り、「SK8-Hiスケートハイ」はハイカットモデル。オールドスクールの進化系とも考えられる。

トゥキャップのデザインが異なっていたり、外羽根仕様になっていたりと相違点も見受けられるが、概ねオールドスクールのハイカット版。ゆえに、サイドには揺らめく波をモチーフとした通称「Jazz Stripe ジャズストライプ」が流れるのは当然のこと。スケーターが負傷しやすいアンクル部分を高く設計し、3層のパッドを装備。これにより足首をしっかりとプロテクション。また同様に、トリックの際に特に擦れやすいトゥ部分は、スエード素材とステッチワークで耐久性を強化。さらに通気性を高めるためのベンチレーションホールを配するなど、まさにスケーターのための一足と呼ぶに相応しい。

アッパーにはキャンバスとスエードの2種類の素材を採用。アンクル部分を保護するパッドもしっかり内包。

このモデルがスケーターたちから絶大な支持を受けたことで、バンズはスケートシューズの代名詞となった。ちなみにSK8-HIと表記されるのは、「SKATE スケート」の「ATE」部分の発音が数字の「8 EIGHT」と似ていることからきた言葉遊び。この遊び心あるネーミングセンスは、のちに登場するモデルにも脈々と受け継がれていく。

「SLIP ON スリップオン」
あの名優の“初体験”を
陰で支えたという一足。

スケハイは魅力的だが、脱ぎ履きが面倒と感じる横着者たちに愛されたのが、1982年リリースの「SLIP ON スリップオン」。端的にいえば【前編】で取り挙げた「ERA エラ」のレースレスバージョンと考えて差し支えないだろう。履き口の両サイドにゴムバンドが装着されており、着用の際は読んで字の如く、足をSLIP ON=滑り込ませるだけ。イージーに着脱でき、フィット感も上々の“元祖コンフォートシューズ”だ。ここで【前編】の「CHUKKA チャッカ」でも触れた「CHECKERBOARD チェッカーボード」についても語っておこう。アッパーを包むチェック柄(市松模様)は、西洋碁とも呼ばれるボードゲームの盤に由来し、これを描いた街ゆく若者のカスタムシューズから着想を得て誕生したというエピソードが。

“元祖コンフォートシューズ”といえば「SLIP ON スリップオン」。アメリカ西海岸のムードを足元へと呼び込む。

このスリップオンならびにチェッカーボード柄が、スケーター以外にも人気が出た背景には、リリースと同年にヒットしたある映画の存在があった。バンズ発祥の地でもある南カリフォルニアを舞台に、1980年代の高校生達の恋と青春をリアルに描いた青春群像劇『初体験リッジモント・ハイ(Fast times at Ridgemont high)』。その劇中で、新人ながら主演に起用されたショーン・ペンの足元を飾ったのが、まさに本モデル。シューズは無地が当たり前だった時代、白と黒で彩られた印象的なルックスは、さぞや人々の熱視線を集めたに違いない。

シュータン部分と履き口部分をゴムバンドが繋ぐ。作り自体はシンプルだが、だからこそ着こなしの自由度は高い。

ちなみに、邦題にある意味深な“初体験”の文字が“ナニ”を指すかは、足元のチェックがてら自身の目でご確認を。ともあれ同作のヒットによって、スリッポンとチェッカーボード柄は、以降バンズのアイコンとして、広く認知を得ていくのであった。

まさかの経営破綻。
そして復活奇跡の軌跡を支えたのは、
創設者の一声だった。

これまで紹介してきたように、バンズが生み出したモデルの数々は評判も上々、スケーターを中心に愛用者が急増。その結果、スケートハイがラインアップに加わった1970年代終盤になると、カリフォルニアに70ものショップを構えるまでに成長する。続く1980年代前半には、先述した映画の影響もあってブランドの知名度が劇的に向上。この勢いに乗り、創設者のポール・ヴァン・ドーレンが一線から退いたのちも、他のスポーツメーカーと競合するため、野球やバスケットボールはもちろん、レスリングやスカイダイビングにいたるまで多種多様なチャンネルに合わせたシューズを開発し、企業タイアップから個人オーダーまでをこなす大量生産期に突入してゆく。だがしかし、結果的にこの急速な事業拡大が仇となった。

1984年、過剰生産した在庫の処置などの販売システムの確立がなされていなかったため、事業が立ち行かなくなり経営破綻。裁判所は、ポールの社長復帰を条件に民事再生法を適用する。この時に彼が、経営再建に向けて発したという「すべてにおいてコストダウンをしなければいけない、しかし、バンズのシューズだけはクオリティを絶対に落としてはならない!」というメッセージに奮起した社員一同は、その言葉通り品質を落とさずに靴作りに邁進。かくして、3年後の1987年にすべての負債を返済完了したのである。これぞまさに奇跡の軌跡。障害があってこそ燃えるというサーファー、そしてスケーターのマインドが不可能を可能とし、時代というビッグウェーブを見事に乗りこなしたのだ。

その後の1988年、ポールは会社を投資会社に7500万ドルで売却し、新たに投資会社の舵取りのもとバンズは世界展開を本格化。2016年に創立50周年を迎えてなお、スケーターフレンドリーな姿勢を崩すことなく、同ブランドの歴史は今へと繋がっている。

「MOUNTAIN EDITION
マウンテンエディション」
それは時代の徒花だったのか、
いや早すぎた名作か。

紆余曲折を経て、誰もが知るブランドへと成長したバンズだが、スポットライトが当たる名作の陰には、短命に終わってしまった時代の徒花の如きモデルも存在する。1985年から1991年のわずか6年間で姿を消した「MOUNTAIN EDITION マウンテンエディション」もその1つだ。バンズが経営破綻から再建中の1985年に、モトクロスバイクやBMXなどのサイクル系エクストリームスポーツ用に登場した同モデル。

エクストリーマー御用達のモデルとして、当時人気を博したのが「MOUNTAIN EDITION マウンテンエディション」だ。

甲部分に装着された極太ベルクロは、ペダルを持ち上げてランディングする際のシューレースの磨耗や、バイクのシフトレバーに絡むことを防ぐためのカバーとして考案されたもの。ホールド感の向上により着用者のパフォーマンスを引き上げつつ、デザインアクセントしても機能しているグッドディテール。またトゥ部分は、バイクのシフトレバーが操作しやすいように細めに設計されているため、ボリューミィでありながらもどこかスタイリッシュな佇まいを見せる。

直角に近いトップ部分のカッティングもそうだが、最大の特徴は甲部分にあしらわれたシューレースカバー。

時代の徒花と綴ったが、独特なシルエットとマニアックな立ち位置に心惹かれた数寄者たちのラブコールに応え、実は幾度となく復刻カムバックしている。ならば考えを改め“早すぎた名作”と呼ぶべきか。事実、ストリートの雄〈Supreme シュプリーム〉に始まり、〈mastermind Japan マスターマインド・ジャパン〉、〈FEAR OF GOD フィア オブ ゴッド〉、〈White Mountaineering ホワイトマウンテニアリング〉などのトレンドセッターたちが、コラボベースに選んでいることが、その実力の高さを示す何よりの証左と言えよう。
(→〈Supreme〉に関連する特集記事は、こちら

「HALF CAB ハーフキャブ」
誕生の裏には、スケーターならではの
D.I.Y.精神が!?

1989年、経営破綻を乗り越えたバンズは、初めて著名人の名を冠したシグネチャーモデルを世に送り出す。その著名人こそ、ファイキースタンスからスケートボードとジャンプ(オーリー)し、360°一回転ののちに着地する大技、フェイキー360オーリーを開発し、「キャバレリアル」と命名されたそのトリックを武器に、テクニカルスケーティングの新時代を切り開いた伝説的スケーター、スティーブ・キャバレロその人。そんな彼のために作られた初代「CABALLERO キャバレロ」は、先程紹介したマウンテンエディションをベースに肉厚のクッションが採用されたハイカットモデルであった。初代というからには2代目も存在し、実は今知られているのはコチラの方。1992年にリリースされた「HALF CAB ハーフキャブ」である。

アンクル部分が低めのミッドカット丈に設計された「HALF CAB ハーフキャブ」。ラジカルスケーター御用達の一足でもあった。

シュータンとサイドには、大技「キャバレリアル」をメイクする若き日のキャバレロの姿が刺繍されている。

初代同様、履き口やシュータンにはたっぷりと中綿が詰められ、抜群のクッション性とスケート時の衝撃緩和性を担保。シュータンとサイドには、トリックを決める若き日のスティーブ・キャバレロ本人の姿が刺繍されており、スペシャルな1足であるというアイデンテティを誇示する。

スケーターの熱烈な支持を受け、愛好家も非常に多いことで知られる本モデルは、ジョバンテ ・ ターナーをはじめとしたスケーター達が、脱ぎ履きしやすいようにキャバレロの履き口をカットして履いていたことから誕生したというウワサが、スケート界では定説として語り継がれているとか。ここ日本でも〈Hombre Niño オンブレ・ニーニョ〉のディレクターを務めるYOPIこと江川芳文や、〈WTAPS ダブルタップス〉の西山徹も当時カットして履いていたと証言している。

ただ名称に関しては、プロスケートボーダーのトニー・ホークやケビン・スターブが、キャバレロを180°回転するトリックに改良し「ハーフキャバレリアル」。略して「ハーフキャブ」と呼んだことに由来するのは確かだろう。しかしながら、キャバレロの履き口を半分にカットして「ハーフキャブ」とは、なかなかウィットに富んだネーミング。こちらもスケーターと共に進化し続ける同ブランドのフィロソフィーを体現する1足として、以後お見知り置きを。

押さえておくならば今のうち
マニアも思わず唸る“メイドインUSA”。

1990年代のヴィンテージブーム時にもてはやされた1960年代頃までの古着は、現在では“スーパーヴィンテージ”と呼ばれ、我々のような一般人には手が出せない程のプライスに高騰。もはやコレクタブルアイテムの域を超えて、マネーゲームにおける投資対象と化している。

さらにはこのシーン全体の流れを受けて、1990年代までの〈LEVI’S リーバイス〉の「501」、〈Champion チャンピオン〉の「REVERSE WEAVE リバースウィーブ」、〈converse コンバース〉の「ALL STAR オールスター」などのUSAメイドのアイテムも、昨今リユース市場で高騰を続けているのはご存知の通り。当時のレギュラー扱いも、あの頃から30年近く時を経たと考えるならば、ヴィンテージとして醸成されていて当然の話。では最後は、『knowbrand magazine』らしくリユース市場でも滅多にお目にかかれなくなってきた、USAメイドのバンズをご覧いただこう。
(→〈LEVI’S〉に関連する特集記事は、こちら
(→〈Champion〉に関連する特集記事は、こちら
(→〈converse〉に関連する特集記事は、こちら

このバンズ特集で最後を飾るUSAメイドのモデル。シュータンのデザインから80年代中期〜90年代初期の匂いが。

ヒールパッチに「Made in U.S.A」の表記が。80年代中期から後期にかけて左上にあったT.M.表記が®️表記へと変更にされるため、その頃のものと考えられる。右は現行品。

一見、スケートハイのようだがトゥの形状は、まさしくオールドスクールのそれ。だがシューレースホールは、スケートハイより1つ少なく7つ。アンクル部のクッションは同様だが、フォルムは若干ミドルカット気味と、注視すれば差異がそこかしこに。その上、ブラウンスエード×タイガー柄というワイルドなコンビネーションが、80年代後半らしいラディカルな存在感を発揮し、さらなる希少価値を生む。

シューレースホールがスケートハイの8つに対し、本モデルは7つ。それに伴いフォルムも若干ミドルカット気味となり、並べてみると違いが一目瞭然。

もちろん希少価値=モノの評価とは限らぬものの、ことヴィンテージにおいては重要なファクターではある。ただ、芸術作品のように眺めて楽しむのも良いのだが、着用されてこそファッションは本懐を遂げる。それで言えば、劣化を気にすることなくいつまでも楽しめるバンズのシューズは、実にありがたき存在。とはいえ既に争奪戦。早急にリユース市場にドロップインして、状態とサイズ、そしてプライスのすべてに納得ゆく逸足を手に入れたし。


【前編】の序文でも述べたが、依然として続く不安と隣り合わせの日常。しかし、我々は前へと歩みを進めていかなければならない。自由気ままに歩き回るには時期尚早なれども、近い将来そうなる時に備えて、足元の準備だけは怠るなかれ。

スケートボードというカルチャーを作り上げた“OFF THE WALL=型破り”なスケーターたちが愛したバンズこそ、そんな時代を進むための羅針盤なのではないか。ならば我らは、全身全霊ならぬ“前進”全霊のフルプッシュで応じるのみ。プールを飛び出し、ストリートを駆け抜け、あの頃と変わらぬ真っ青な空に広がるニューワールドに向かって。

(→【前編】は、こちら

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