吉田カバンとは温故知新のタイムカプセルである。
両手いっぱいに大きな買い物袋を抱えた旅人たち。ことバッグというジャンルに限定すれば、彼らのゲットリストの最上段にくるのは〈吉田カバン〉に違いない。2020年で創業85周年。日本が誇る老舗バッグメーカーだけに、『knowbrand magazine』の読者諸諸氏でも知らぬ者はいないだろう。
同社には創業以来の膨大なアーカイブがあり、なかには今も人気を博している名作シリーズが数多く存在する。それらの細部に宿り、継承されてきたモノ作りの精神「一針入魂」。なぜ、吉田カバンは我々を魅了するのか。その理由をいま一度、紐解いていこう。
初の自社ブランド
〈PORTER ポーター〉の誕生。
まずは〈吉田カバン〉の歴史を軽くプレイバック。創業者・吉田吉藏が吉田鞄製作所の名で創業したのは1935年。第二次世界大戦終戦後の復興のなか、ファスナーの開閉によりマチ幅を調節可能とした「エレガントバッグ」が大ヒットを記録。同社の名前を世に知らしめる契機となった。だが、当時の人々にはブランドにこだわるという概念はなく、いかに優れた品質を誇ろうと知られることはないというジレンマが。
この解決策として生まれたのが初の自社ブランド〈PORTER ポーター〉である。それは高度経済成長期の真っ只中、1962年のこと。ブランド名の由来は、ホテルなどで客のカバンを預かる運搬係「ポーター」から。
常にカバンに触れ、カバンの良さを知る者。そんな彼らの名を冠する同ブランド。職人である創始者の素材選びからデザイン、縫製にいたる全ての工程に手を抜かないモノ作りの精神は、社是である「一針入魂」に凝縮されている。ポーターの飽くなき追求心は、これまで数多のシリーズを世に送り出してきた。
「TANKER タンカー」
永遠のストリート・スタンダード。
90年代に青春を謳歌した世代にとってポーターのバッグ=トレンドの象徴。その認識を生み出したのが「TANKER タンカー」ではないだろうか。アメリカ空軍のフライトジャケット「MA-1」をモチーフに開発され、今なお愛され続ける永遠のスタンダード。だが時代を先取りしすぎたのか、1983年発表時の売れ行きは芳しくなかったとか。
後に人気に火が点くのは90年代中盤。裏原宿ムーブメントを牽引していたストリートのカリスマ・藤原ヒロシが愛用。さらに当時人気のドラマに主演していた木村拓哉も使用。この2ステップを経て、同シリーズの所持はストリートの必須項目となっていく。

「MA-1」をモチーフに開発された「TANKER」だけに、生地の裏面は鮮やかなレスキューオレンジ
ナイロン素材で中綿をサンドした3層構造の生地は非常にソフトかつ軽量。その特性を最大限に生かし、持つ・掛ける・背負うを機能的に体現するのが「3WAY ブリーフケース」だ。
「TANKER」シリーズの「3WAY BRIEFCASE」
持つ・掛ける・背負うの3通りの使い方が可能
ちなみにブリーフとは、ビズシーンに用いられるハンドル付きの革カバンやクラッチバッグの類を指す。とはいえ、あらゆるシーンにマッチする万能型であることは言わずもがな。
「UNION ユニオン」
タフなワークテイストをデザインに。
タンカーの記録的な大ヒット、そして世の中のファッションスタイルの細分化。それまでは扱われなかったジャンルをデザインモチーフに取り入れたシリーズが、この頃から続々と誕生する。1995年に発表された「UNION ユニオン」もそのひとつ。

「UNION」シリーズの「RUCKSACK」
コットンを上回る軽量性と色落ちしにくい特性を持つポリエステルキャンバス生地を用いたリュックタイプの同シリーズ。アメリカの工具バッグやガーデニングバッグをモチーフにスポーツテイストが加わることで、ストリートスタイルにもよく馴染む外貌。リベット使いが印象的なグリーンカラーのネームタグなんかは絶好のアクセントとなる。

キャンバス地とリベット使いが特徴
またDJ用のレコードバッグなど、他シリーズには存在しない稀有なアイテム展開も見逃せない。ハードユースにも耐えうるデザイン設計も含め、自分たちのためのバッグが登場した。当時、そう感じた人々もまた多かったことに違いない。
「HEAT ヒート」
黒にこだわった無骨な表情。
21世紀に突入した2001年に発表。ポーターのクリエイティビティに対する高い要求は、新たに「HEAT ヒート」シリーズを生み出した。

「HEAT」シリーズの「TOTE BAG」
耐熱・耐摩擦・引裂き強度に優れ、防弾チョッキに用いられるバリスターナイロンをメイン素材に採用。さらに耐水性の高い工業用資材のターポリン、シートベルト素材、ヌメ革などの異素材とのマッシュアップ。マットブラックのメッキを施した金属パーツによる経年変化も相まって、黒一色ながら質感の対比を楽しめる。
また、カラビナやウォレットチェーンを繋ぐナイロンバンド・Dカン・二重リングを備えている点も心憎い。極め付きは、付属の着脱式キーホルダーと〈MAG-LITE マグライト〉。ともすれば女性的な印象を与えるトートバッグを、高強度のスペックが実現させた圧倒的タフネスが無骨に変える。タンカーにおけるMA-1同様、斬新な発想力が新たな時代の扉を開く。その嚆矢となった一作である。

ロゴ入り〈MAG-LITE〉は「HEAT」のアイコンにもなっている。
「SMOKY スモーキー」
新素材による経年変化を楽しむ。
先の言葉を繰り返すが、ポーターは常に時代の変化に合わせたチャレンジをし続けてきた。2002年発表の「SMOKY スモーキー」においては、経年変化による縫製のひきつりであるパッカリングを生み出すオリジナル生地がソレである。

「SMOKY」のためのオリジナル生地
縦糸に標高1500m以上の高地で栽培されたジンバブエコットンのムラ糸、横糸にはインビスタ社の1000デニールのコーデュラ®ナイロン糸を用いて、高密度で平織りにした独自のコーデュラ®ダック生地。しなやかさと丈夫さを併せ持つ、天然素材特有のナチュラルな表情と、機能性に優れた化学繊維の力強さ、光沢感が相まった独特の風合いを有する。この生地は特性の異なる2種の素材で織り上げているため、均一には染まらず、墨黒と呼ばれる淡いブラックカラーが特徴。また2014年からはネイビーも追加。

「SMOKY」シリーズの「RUCKSACK」
これまでの歴史の中で培われてきた伝統のデザインに、素材で新たな価値をもたらす。これもまたポーターの一針入魂のカタチといえよう。
「FREE STYLE フリースタイル」
レザータッチの独特な質感で魅せる。
2004年発表と比較的ニューフェイスの「FREE STYLE フリースタイル」シリーズ。高密度に織り上げた 10 号キャンバスの表面にポリウレタンを圧着させたのちに染色することで生地が収縮。さらには縫製完成後の手揉みによるシワ感も加わり、レザータッチの独特な質感を際立たせる。

レザーのような質感の「FREE STYLE」の生地
ラインアップにはタウンユースを前提としたアイテムが多く見受けられ、特にポーチなど程よいサイズ感のモノが充実。なかでも一目置かれるのが、ポーター最初期からの定番型「ショルダーバッグ」。ストラップで肩掛けした際にも程よいサイズ感は今の気分。タウンユースに十分な収納力を備えているため、年齢性別を問わずファンが多いことでも知られる。
「FREE STYLE」シリーズの「SHOULDER BAG」
そもそもカジュアルな印象が強いショルダーバッグも、レザータッチの同素材を落とし込めば、ビズシーンにも通用するシックな佇まいへと一変。 素材1つで表情がスイッチする変幻自在のバイプレーヤー、それがフリースタイルの名の所以なのかもしれない。
〈LUGGAGE LABEL ラゲッジレーベル〉
ミリタリーテイストが根幹をなす、もうひとつの柱。
最後にもう1点。吉田カバンのラインアップにおいて、ポーターと双璧をなすブランド〈LUGGAGE LABEL ラゲッジレーベル〉の存在も忘れることはできない。もともとはタンカーなどの名作を生んだ、デザイナー山口幸一が手掛けるプライベートレーベルとして始動。そのコンセプトはオリジナリティとベーシックの融合だった。
現在ではビズシーン対応のモデルも展開されているものの、代表作を挙げるとすれば「LINER ライナー」以外にないだろう。1984年の誕生当時は、ミリターテイストをバッグの意匠に取り入れることがまだ新鮮だった時代。レーヨンキャンバスにPVC加工を施した生地の斬新さ、マチ幅が拡張できるギミックの面白さは、大きなブームを呼んだ。
〈LUGGASGE LABEL〉の「LINER」シリーズの定番「SHOULDER BAG」
ラベルに記された「赤バッテン」のアイコンは今なお健在。過去の名品を再構築したシリーズなど新たな仲間が増えるなかでも、力強くその存在感を主張し続けている。

PVC加工を施された生地に「赤バッテン」のロゴが際立つ
ポーターの誕生から加速度的に進む吉田カバンの進化の歴史。それぞれのシリーズには時代ごとのトレンドが如実に映し出されており、さながらバッグの形を模したタイムカプセル。
その魅力を知るべく手に取ることで、細部に込められた意味や価値を再発見する。まさに温故知新。それはひとつの旅なのである。大人になった今だからこそ享受できる新たな楽しみ方だ。さぁ諸君、今こそ吉田カバンと共に、時代を巡る旅に出てみようじゃないか。